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2020/10/17

1973年のピンボール

村上春樹氏の著作の主人公には

ほぼ同年代に育った私としては

共感を覚えるものです。

1973

講談社文庫 1983年

内容は以下です。(アマゾンサイトより)

『「電灯のスイッチを切って扉を後ろ手に

閉めるまでの長い時間、僕は後ろを振り

向かなかった。一度も振り向かなかった」

東京で友人と小さな翻訳事務所を経営す

る〈僕〉と、大学をやめ故郷の街で長い

時間を過ごす〈鼠〉。二人は痛みを抱え

ながらも、それぞれの儀式で青春に別れ

を告げる。『風の歌を聴け』から3年後、

ひとつの季節の終焉と始まりの予感。

「初期三部作」第二作。』

 

実に細かいピンボールに関する蘊蓄が

語られています。とくにギルバート社の

「スペースシップ」というモデルへの

こだわり、愛着はすごいと思いました。

https://ameblo.jp/musasppqueen/entry-12589250473.html

のブログにアクセスされるとよく説明されて

います。

O0450032314742881381

(同サイトより)

ピンボールマシンはこの絵のようなもの

です。

 

なぜ取り上げたかといいますと、小学生

からの一番古い友人と一緒にピンボールを

楽しんだ思い出があるからです。

 

ダブルスのようにフラッパー(バットの

ようにボタン装置でボールを打ち返す)

を左右でそれぞれ担当して、得点を稼ぎ

ゲーム追加を狙っていきます。

 

盤面にはジェットバンパーというキノコ状

の突起があり、勢いよくボールを跳ね返し

ます。ボン・ボン・ボンとジェットバンパー

同士でボールを跳ね返し、得点が加算される

醍醐味は何とも言えませんでした。

 

基準得点を超えると、ゲーム追加になり、

ゲームカウンターがアップする時に、

今のデジタル時代と異なり、アナログな

「ドン」とマシン全体に響く音を立てます。

この快感はいまでも覚えています。

 

ピンボールには思い出が込められています。

それは小学校からの友人とのことでした。

小学5年生の時、彼は大阪へ、私は広島に

父親の転勤に伴い、転校しました。当初の

転校に対して不安を共有していた二人は、

その後も大阪と広島を相互訪問した思い出

があります。

 

その時に遊んだのがピンボールマシンでした。

 

この小説を読み、その頃のことを鮮明に

思い出しました。村上春樹の小説の好きな

ところは、それぞれのシーンの細やかな描写

や例えの多様さには思わずニヤリと笑ったり

もします。

 

その後、彼は静岡で大学時代を過ごし、大阪

で就職、結婚して、現在も住んでいます。

しばらくは会っていませんでしたが、50才

くらいから会うようになり、大阪に単身赴任

していた時代はよく会って昔話をしたりして

いました。

 

思い出と深く結びついているモノやコトに

は深く反応するものですね。

 

*********************************

このブログを50才の時に始めて早や16年。

様々なテーマで綴ってまいりました。続けられ

たのも多くの読者の皆さまのお陰です。

 

これらの経験をもとにデジタル出版をして

おります。AMAZON「旬ブックス」は

一冊¥99です。読んでいただけると幸いです。

 

また、読後の感想などAMAZONにコメント

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どうぞよろしくお願いいたします。

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               渡辺俊一

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