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2019/05/03

つれづれなるままに

「令和」の世が始まりました。

5月1日からということは、私の65才の誕生日

がすぎて何日かで元号が令和になりました。

世でいう前期高齢者となるのと、令和の元号

が開始されるのが、くしくも同じタイミング

ということになりました。令和は私にとって

もおおきな区切りとなります。

 

最近実家を掃除していたら、「徒然草」

の角川書店編の文庫本がでてきました。

この連休で読んでみました。私にとって

令和の世はまさにこんな感じで表される

のかと思いました。

 

つれづれなるままに、日暮し硯に向かひ

て、心にうつりゆく由なしごとを、そこはか

となく書き付くれば、あやしうこそもの狂

ほしけれ。」(序段より)

 

(今日はこれといった用事もない。のんびり

と独りくつろいで、なんのあてもなく書きつ

けてみる。すると、しだいに現実感覚がなく

なって、なんだか不思議の世界に引き込まれ

ていくような気分になる。

 人から見れば狂気じみた異常な世界だろう

が、私には、そこでこそ本当の自分と対面

できるような気がしてならない。人生の真実

が見えるように思えてならない。独りだけの

自由な時間は、そんな世界の扉を開いてくれ

る。)(現代意訳)

 

解説:兼好は、「つれづれ」を活用して文章

を書き、自分の世界を開いた。しかし、文章

でなくても、自分のすべてを解放できるなら

ば、歌でもスポーツでもどんな趣味でもかま

わない。そこにほんとうの自分がいることに

気づけば、それでよい。自分を見つめなおす

再発見の道はそこから始まる。

 

妥協だらけの日常のなかで、ともすれば自分

を見失いがちになる。純粋な自分をとりもど

す「つれづれ」の時間を、意識して確保する

ことがたいせつだ。いわゆる「自分史」を

綴るのも、「つれづれ」の活用であることが

望ましい。

 

ちなみに、ギリシャ語「スコレ(schole)」は

暇(leisure)」の意であったが、のちに「学校

(school)」を意味するようになったという。

ゆとりある時間という点で「つれづれ」と

相通じるものがある。思いの外「つれづれ」

はグローバルな側面をもっているようだ。

以上 ビギナーズクラシック 徒然草

角川書店編 角川ソフィア文庫より引用

 

最近いろいろ考えさせらることが多くなり

あれこれ迷ったり、悩んだりしていますが

この兼好法師の徒然草の序段の文章が迷い

を振り払ってくれました。

 

「もうこれ以上言うことなし」というのが

まさに65才を迎えて、令和が始まって、

林住期として、ピッタリという感じです。

  

「はなかがり」という石楠花です。

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