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2018/01/14

嵯峨野散歩

伏見稲荷への毎年恒例の商賣繁盛祈願の参拝
のついでに、翌日嵯峨野散歩をしてみました。
人の少ない時期・時間帯にゆっくり一人歩きと
いう贅沢な時間の過ごしかた提案です。

嵯峨野(さがの)は、京都市右京区の地名。
太秦・宇多野の西、桂川の北、小倉山の東、
愛宕山麓の南に囲まれた付近に広がる広い地域
のことです。

今回は京都駅8:00発の直通で愛宕(おたぎ)
念仏寺へ行けるバスに乗り、一時間余りで到着
です。

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奈良時代に創建されたお寺ですが、その後
鴨川の洪水で荒れ果て廃寺になり、10世紀に
千観によって再興され、念仏寺といわれるよう
になりました。

戦時中に台風の被害で再び廃寺になってしまい
ます。

昭和30年ごろから復興されましたが、特に昭和
55年から参拝者によって彫られた千二百体の
羅漢さんがとても表情豊かで、訪れた人を和ま
せてくれる「癒しの寺」として有名になりました。


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早朝で静かな(誰もいませんでした)の羅漢
さんたちの中に佇んでいることで、落ち着いた
気持ちになっていきます。

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さらに、嵯峨野の散歩道を15分ほど降りて
いくと化野(あだしの)念仏寺です。こちらは
千二百年前に弘法大師空海が五智山如来寺
を開創され、野ざらしになっていた遺骸を埋葬
したと伝えられています。その後法然上人の
常念仏道場として、浄土宗になっています。


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境内にまつる八千体を数える石仏・石塔は
化野一帯に葬られた人のお墓です。一帯に
散乱埋没していた石仏を明治中期に地元の人
の協力を得て集めたものだそうです。

「あだし(化)」とははかない、むなしいと
の意で、「化」の字は、「生」が化して「死」
となり、この世に再び生まれ化る事や、極楽
浄土に往生する願いなどを意図しています。


この地は古来葬送の地で、初めは風葬であ
ったが、後世土葬となり、人々が石仏を奉り、
永遠の別離を悲しみました。

かの吉田兼好法師は徒然草に以下に記しま
した。

「あだし野の 梅雨消ゆる時なく 鳥部山の
 烟立ちさらでのみ 住み果つる習ならば 
 如何に物の哀れもなからん 世は定めなき
 こそ いみじけれ」

死者の存在を身近に感じ、かつ長い間の人々
の願いを思う空間です。

一方六面体地蔵につながる竹林の道は冬
でも緑をたたえ、より静寂を感じさせるもの
です。観光客も少なく、落ち着いた嵯峨野の
北側の一角、二か所の念仏寺でした。

廃仏毀釈が吹き荒れた明治初期を終え、
民間の人々がお寺再興に努力したことが
分かったことも今回の散歩の成果です。
名もなき人々の思いに触れる場とも
なり、心が温まります。
 
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