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内なる言葉

情報工場という本に関する情報配信をする会社が
あります。一部紹介しながら言葉は言霊といい重要
だということに論を待ちませんが、言葉の種類に
注目した以下の主張は面白いと思います。

「●「内なる言葉」の存在に意識を向け、幅と奥行き
 を持たせる

多くの人が言葉に対して抱えている課題は、「どん
なに言葉を尽くしても、相手の心に響いている気が
しない」「周囲を巻き込もうと声を出しても、空回りし
て、誰も動いてくれない」といった、理解はされるもの
の、納得や共感・共鳴にまで達しないといったもので
あろう。そのため、言葉そのものに致命的な問題が
あるわけではなく、むしろ、言葉の軽さや浅さにこそ、
問題があるように思えてならない。

そこで思っていることを自在に話す術を得たとして
も、話したり書いたりする中身が変わるわけではない
ため、逆に「何だか嘘っぽい」「口先だけな気がする」
という印象を持たれる可能性すらある。その一方で、
言葉少なであったり、決して流暢でなくとも、「この人
の話していることは信用できる」「妙に惹かれる」と
思われることもある。そのため、言葉の技術だけが
伝わり方や心への響き方に影響を与えているわけ
ではないと言えよう。

では、言葉の理解度の差を生んでいる壁とは何なの
だろうか。その壁を乗り越えるための、具体的な方法
はあるのだろうか。
 そのカギが「内なる言葉」の存在である。自分の頭
の中に生まれている「内なる言葉」に幅や奥行きを持
たせることによって得られる、言葉の重みである。
そう、相手の胸に響く言葉を生み出すために必要なの
は、実際に書いたり、話したり、入力したりする「外に
向かう言葉」そのものを磨くことでは
ないのだ。

私は、コピーライターとして10年ほど過ごしているの
だが、このことに気が付いたのは5年目にさしかかっ
た時であった。その前後では、自分の生み出す言葉
の質が一変したと断言できる。それからというもの、
職業人として生み出す言葉だけではなく、あらゆる
局面でのコミュニケーションが一気に円滑になったと
実感している。

使う言葉を変えたわけではない。小手先の言葉の技術
を学んだわけでもない。常に頭の中に浮かぶ「内なる
言葉」の存在に意識を向け、「内なる言葉」を磨く鍛錬
を積んだだけである。その結果、言葉が生まれる源泉
としての思考が鍛えられ、湧いて出てくる言葉に重み
や深みが増したに過ぎないのだ。


●内なる言葉の解像度を上げることで自らの考えを
 鮮明にする

では、どのようにして内なる言葉を磨くか。結論から言
えば、内なる言葉を磨く唯一の方法は、自分が今、
内なる言葉を発しながら考えていることを強く意識した
上で、頭に浮かんだ言葉を書き出し、書き出された
言葉を軸にしながら、幅と奥行きを持たせていくことに
尽きる。普段は頭の中で行われているプロセスを、目
に見える形で行う。

頭の中だけで行おうとしても、内なる言葉自体は目に
見えないため、どうしても主観が先行することで、頭の
中がごちゃごちゃになってしまったり、同じことをぐる
ぐると考えてしまいがちである。そこに書き出すという
一動作を加えると、考えていることが目に見える形で
現れるため、扱いやすさが格段に向上するのだ。

自分の考えていることが言葉になった外に向かう言葉
を磨くために、そのタネとなる内なる言葉を把握し、
広げていく。このプロセスは内なる言葉の解像度を
上げる行為と認識すると理解しやすい。解像度とは、
画像や写真などの精度を数値化したもので、画像を
表現する格子の細かさや、画像の密度を指す指標で
ある。

内なる言葉の解像度が低い場合、思考や感情は漠然
としており、自分自身が今何を感じているのか、考えて
いるのかを正確に把握できていない状態にある。一方、
内なる言葉の解像度が高いほど、何を考えているか
や、何をしたいかが鮮明になる。つまり、話す、書く、
打つなどして発信しようとしている内容を把握できて
いると言える。

例えば、「うれしい」「悲しい」「楽しい」といった感情が
単純化されたままになっている時点では、解像度が
低い状態である。「うれしい」「悲しい」「楽しい」で留
めることなく、内なる言葉を手がかりに、感情の根源へ
と踏み込んでいくことが、解像度を高めることにつな
がる。


●三段階の「内なる言葉を磨く思考サイクル」を定期的
 に回す

(1)思考を漠然としたものでなく、内なる言葉と捉える。
(2)内なる言葉を、俯瞰した目線で観察する。
(3)そして、考えを進めることに集中し、内なる言葉の
 解像度を上げる。
これが、私が思考を深めるために行っている方法で
ある。この方法は、今自分が抱えている具体的な問題
や不安を想定しながら読み進めていくと、分かりやす
い。例えば、就職活動での「一体自分はどのような仕事
を行いたいと思っているか」であったり、クライアントへ
の提案内容。さらには、自分はどういう人間なのかと
いった自分探しでもいいだろう。

三段階を「内なる言葉を磨く思考サイクル」として、概要
を説明していきたい。
第一段階は、頭の中をぐるぐると回っている内なる言葉
を書き出して、形を与えることである。その上で、同じ
仲間をグループ化し、思考のクセや考えがちな方向を
把握する。すると、自ずと考えが足りない部分が見え
てくる。
今考えていること、つまり、頭の中に浮遊する内なる
言葉を一旦頭の外に出すことで、考える余地を生み
出すのだ。

続いて、第二段階では、第一段階でアウトプットされた
思考の断片を材料として、考えをさらに拡張させる。
第一段階では、内なる言葉を可視化したに過ぎない
ため、自分という範囲内でしか考えられていない内容
が列挙されている。そこで、考え足りない幅と深さに
気付くことができれば、思考を進めることができるよう
になる。

最後は、普段の自分では考えないようなことまで、
化学反応を起こすことで到達する段階である。例えば、
あえて逆を考える、自分ではない特定の人だったら
どう思うかを想定する。しかし、その前に、自分の考え
とより冷静に向き合うために、時間を置くことも重要で
ある。自分の頭にある内なる言葉を書き出すだけでも、
客観性を持って考えていることを把握できるようになる
のだが、時間をあけることで、その効果はさらに高まっ
ていくのだ。

この「思考サイクル」を繰り返すことで、内なる言葉の
語彙力が増えていき、その結果、内なる言葉の解像度
を上げることが可能になる。すると、物事について深く
考えることができるようになるため、思考に厚みが生ま
れ、自然と外に向かう言葉は深みと重みを持つように
なるのだ。内なる言葉が磨かれることで、一般的に言
われている語彙力や文法などではない、本当の言語
力が鍛えられる。

さらに、自分が今何を考えているのか、何のために考
えているのか、どんなレベルまで考えられているのか、
が明らかになるため、外に向かう言葉、コミュニケー
ションをするための言葉に変換することが容易になる。
なぜなら、内なる言葉を意識しながら、相手が理解しや
すいように順を追って話したり、書いたりすればいい
からである。
こうした体質をつくることこそが、自分の感情を表現する
ために外に向かう言葉を自由自在に扱えるようになる
近道である。

このプロセスは、ゲームを行うかのように気軽に取り
組んだほうが効果的である。真剣に行おうとすれば
するほど、身体も心も固くなり、内なる言葉を自然に
書き出すことができなくなってしまうからだ。

重要なのは、きちんと時間を確保して、自分と、自分
の内なる言葉と向き合うことである。さらに言えば、
定期的に時間を取ることで、自分と向き合い続け、
習慣化することである。私の場合、内なる言葉と向き
合う時間を「自分との会議時間」と定義し、1週間に
数回確保するようにしている。」

長々と引用しました。とても重要な要素を示唆していま
す。内なる自分「潜在意識」を表現するには感情に
訴える映像、音声等の非文字系が有効とされています。
しかし、研ぎ澄まされた言葉として磨いていくことで
明確になっていくことが分かりました。つまり思考を
深めるための言葉(文字)を大切にするということ
で、思考を言葉、映像、音、等々を感情をも含め
関連付けし深めていくことが大事なようです。
また、それを実行する意識した時間が瞑想形式のよう
に意識した時間・空間を取っていくことが重要なことも
伝わってくるものがあります。とても参考にさるもの
でした。

Dsc_1521

(秋冷の候、土佐湾の夜明けを眺める)

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今年度後半を迎える気持ち

ちょっと間が空きました。土曜日曜も含めて出張が
入っていたり、最近はスケジュールをあえて詰めて
いる風もあります。

10月に入り今までとは違う気持ちも混じってきました。
現在の仕事は33年間の営業生活、6年半のサービス
ビジネスの責任者を務めてきましたが、来年4月で
40年の生活に区切りをつけるあと半年という気分
です。

「50歳からの生きかた」も来年のような事態を想定し
様々な思いを整理していこうという趣旨でブログを
2004年に始めました。会社員という生活に区切りを
つけ、いかなるものであれ、自分で決め、設計して
自分なりに諸手続きを進めていくということをいよいよ
意識し始めたということです。だれもがいずれは現在
やっていることを終了させる時期があるものです。

HPR(ハッピー・リタイアメント・プログラム)などといい、自分の
身の回りにあることを整理していくわけですが、保険
銀行、年金、家族の役割、趣味、友人の連絡等々
様々な手続きも含めた手を打ってきました。あとは、
自分の気持ちの整理が必要なのかなとも感じていま
す。これは手続きとはいきません・・・

気持ちは会社を去る時までは最終的にはわからない
ものかもしれません。自分の軸だけは決めておきた
いと思っています。
1 世間に関わり役に立つ
2 好きなことをやる
3 家族・友人・社会に「感謝・絆」を大事にする
4 基盤としての「健康」「経済」

後の半年は自分の40年のビジネスに関する知見
を総動員してまとめて何らかの形として残していく
ことで、すでにノウハウ、人財として継承はして
きているつもりですが、最後の一手を全力を挙げ
ることです。こういった気持ちになりますねえ。 

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