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東北のまつり

8月の初旬は東北各県でお祭りが盛り上がる時期です。
会社でも協賛している祭りのひとつに青森ねぶた祭り
と秋田の竿灯祭りへ行くチャンスがありました。
◇青森ねぶた祭り
以前、起源としてよく知られていたのはのちに征夷大
将軍となる坂上田村麻呂が陸奥国の蝦夷征討(三十八
年戦争・第3期)の戦場において敵を油断させておびき
寄せるために大燈籠・笛・太鼓ではやし立てたことを
由来とするものである。このため、青森ねぶた祭りの
最優秀団体に与えられる賞として1962年に「田村麿賞」
が制定された(現在では「ねぶた大賞」と名称変更され
ている。後述)。しかし坂上田村麻呂が現在の青森県の
地で征討活動をしたとは考えられず、ねぶたの起源と
されたものも田村麻呂伝説の1つと見られる。現在では、
日本全国にある土着の七夕祭りや眠り流しの行事
(禊祓い)が変化したものと考えるのが主流で、現在の
形式のねぶた祭りの発祥は浅虫ねぶたとされている。
一方で、田村麻呂の側近である文室綿麻呂は史実の
上で青森県まで達した可能性が高く、また青森ねぶた
のみ、他の地域のねぶた・ねぷたと大きく異なる、日本
の伝統音楽には他に類を見ないほどの勇壮な囃子で
あることから、蝦夷征伐説の可能性もなお否定できない。
青森市内には妙見の大星神社(征伐軍の戦勝祈願)・
幸畑地区熊野神社(蝦夷の砦「甲田丸」跡)・沢山地区
の稲荷社(蝦夷トンケイ没所)等、蝦夷征伐を伝える
痕跡が残っている。(「ウィキより)

Dsc_1359

跳人(はねと)といってツーステップで跳ね回る役が
山車の前で「ラッセラー」と声を張り上げながら盛り上げ
ます。19時から21時まで2時間ぶっ通しでの行進は
かなりきついものです。

◇秋田竿灯祭り
笹や合歓木に願い事を書いた短冊を下げ、それを手に
練り歩き川へ流して真夏の邪気や睡魔を払う「眠り流し」
が原型とされている。眠り流し自体は江戸時代以前より
行なわれており、宝暦年間には現在の原型があったと
され、五穀豊穣や無病息災、技芸上達を願って、旧暦
7月7日にあわせて行われる七夕行事とともに、旧暦7月
15日のお盆を迎え入れるために一連の行事として現在
の形になったとも言われている。「眠り流し」という言葉
が訛り、秋田市では「ねぶり流し」と呼んでいる。

竿燈は、外町(町人町)に住む職人や商人によって始め
られ、お盆に門前に立てる高灯籠を持ち歩けるようにした
のが竿燈の始まりとされている。次第に灯篭も数十個と
下げるようになり、力を競うようになっていった。蝋燭や
提灯が町民にも普及したことや、力よりも技を競うよう
になったことで現在の形になったとされている。いつから
現在のような形態になったのかは定かではないが数々
の資料から背景を探ることができる。寛政元年に書かれ
た「雪の降る道」には、現在の竿燈に近い姿の絵が描か
れている。文化11年に書かれた「秋田風俗問状答」には
平手で竿燈を持ち上げている絵が描かれている。慶応3年
に書かれた「出羽の道わけ」には頭に乗せて演技する姿
が描かれている。

竿燈の語源は景徳傳燈録の百尺竿頭須進歩からヒント
を得て、大久保鐵作によって名付けられたとされている。
また、昔は作り灯篭、ネブリナガシ、七夕とも呼ばれていた。
(ウィキより)

Dsc_1338

文句なしに美しいです。2日とも昼間は30度を超え、
猛暑日に近いのですが、夜はぐっと涼しくなり、この祭り
が終われば短い夏は過ぎ、秋風が吹くことを実感する
ものでした。民衆がこの祭りに集中して準備して燃え
尽きる気持ちが参加してわかる気がしました。
短い夏の夢といった風情です。

準備して段取りを仕切ってくれた人々に感謝です。

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