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お引越し

とうとう合計10年間過ごした浪速の地を離れることに
なりました。御堂筋線の新大阪から2つ目の江坂に
長いこと住んでおりました。田んぼと工場が中心の
街が大阪万博を期に駅周辺のビル建設、かつては
ダイエーの本社もあった場所で、アクセスの良い土地
柄単身者マンションから周辺の住宅地が駅に近い
マンション群となり、ファミリー向けも多くできるように
なりました。実に暮らしやすいところでした。

6年間の生活で衣類や本、様々な生活用品が随分
増えて川崎に自宅の部屋に入りきれなくなるほどで
した。ともかくも移り住み東京、首都圏の人に再び
なることと相成りました。

最後の日に時間があったので天六にある「大阪くらし
の今昔館」(大阪市立住まいのミュージーアム)
に行ってみました。

江戸時代の町屋を再現してあります。天保年間の
ものだそうです。建具屋、小間物屋、唐物屋、呉服屋
しもたや(しもうたや;仕舞うに由来し店をたたむという
ことで、普通の家を指す。ある程度財産ができて店
をたたんで普通の暮らしをしている。)薬屋、本屋、
人形屋、会所、風呂屋、蔵、裏長屋、井戸がありました。
江戸とは違って町屋でも瓦葺が標準、江戸は板屋根
も多かったそうです。やはり商売の町大坂の面目躍如
か・・・時を知らせる夜中時回りも江戸は拍子木で
大坂は太鼓を叩いて回ったそうな。はやし太鼓として
三味線歌などでも一曲の終わり、店開きの口上にも
太鼓を使い身近なものでした。大阪や京都では路地
を「ろうじ」と読みます。

面白かったものを紹介します。
・風呂屋
 現在のものとほとんど変わらず、脱衣箱(ロッカー)
 があり、高座といった東京でいう番台、引き札といって
 宣伝広告がかかっていて、ざくろ口といって湯気を
 外にに逃がさない小さな入口があります。広さも結構
 あってこれなら快適だろうと感じさせるものです。

・裏長屋
 へっつい;火打石を使ってほくちに火を移し、いわば
       ガスコンロ
 走り・水壺;野菜を洗ったり米を研いだり炊事をするの
       が走り、大坂の水は金気が強く飲み水に
       ならないので、買った水を水壺にためます。
 行灯;菜種油が燃料
 縁・裏前栽;縁側のある小さな庭。盆栽程度が精一杯。
 羽織;改まった正装で、部屋の壁に吊り下げます。
こんな感じの小さな一棟四家族の長屋は、戦後まで
はあったと思いますが、下町情緒、人情の凝縮された
空間です。私のある種の憧れの「方丈記」のような空間
で、最小限にモノを絞り込んだ(必要最小限)の世界。
お引っ越し後の我が家と対照的なことか・・・・・

Dsc_1316
(大通りの天神祭り近くの時期の夕暮れを再現)

Dsc_1319
(火の見櫓の見える風景)

Dsc_1318

(呉服屋の帯づくしの宝船)

このような天保年間の大坂町屋にタイムスリップ。
 

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