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ネガティブ思考力

今日で7月も終わりとなります。遅い梅雨明けも明け
いよいよ夏本番です。今年もあと5か月です。ここから
が結構早いものです。

今回は世のポジティブ思考に対し、問題点を指摘する
「ネガティブ思考」(榎本博明著 幻冬舎)を取り上げ
ます。かくいう私も90年代初頭からポジティブ思考を
信奉する一人でありましたが、そのまんまではだめな
気がずっとしてきました。私なりの結論はありましたが、
本書では要領よく解説されています。

◇ポジティブ思考には以下の問題点がある
 ・人はだれでも自分を過大評価する傾向「ポジティブ
  イルージョン」がある。そのために現実を直視でき
  ず、油断をしたり、自己改善ができないといった
  問題がある。
 ・能力の低い人ほど自分の能力を過大評価し、能力
  の高い人は自分を過小評価する傾向がある。これ
  を「ダニング=クルーガー効果」と呼ぶ。こうした
  ポジティブ信仰にはまると成長が阻害しかねない。
 ・ポジティブな心理状態の時ほど「確証バイアス」
  に陥りやすい。すなわち自分に都合のよい情報
  ばかりに目を向け、リスクを無視した判断をして
  しまう可能性が高くなる。
◇様々な心理学の研究により、ネガティブな心理状態
  には以下のような効用があることがわかっている。
  ・正確な判断がなされやすい
  ・記憶をよくする
  ・モチベーションを高める
  ・説得力を高める
◇ポジティブな人は、何をするにも不安や緊張感が
 乏しく、準備不足に陥りやすい。一方、不安や緊張
 感が強く「これで大丈夫か?」としつこく自分に問いか
 ける人の方が、十分な準備ができ、結果的によい
 仕事ができる。
◇ネガティブな人は、自分の弱点に目を向ける。それ
 によって、どう修正すればよいのかが見えてくるので、
 弱点を克服できる。
◇不安の強さは、用心深さに通じる。それが対人場面
 では、相手の心理状態に注意を払うといった心理
 傾向につながる。そのために相手の気持ちがよく
 わかり、適切な対応ができる。

長年ポジティブ、ネガティブ思考のこの問題に取り組ん
できましたが、よくまとまっているので、考えやすいと
感じます。

ポジティブ思考の良さは「自責にして、外部のせいに
せず、あきらめない」「自責も自分のコントロール、外部
コントロールを分けて、自分を責めすぎず、楽観的に
継続を目指す」といった前提で、ネガティブ思考の注意
点を踏まえて改善を粘り強く、自分をコントロールして
周囲に協力して、周囲に応援もしてもらう」こんな感じ
の生き方がいい気がします。生きかたの核は、様々
な世の流行にあるのではなく、様々な説の本質を
見出して、自分なりに落としていく姿勢にあるのでしょう。

とてもよい気づきをまらいました。

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(さるすべり 真夏に長く花を咲かせ続ける強さを
 体現していますね。明日から8月、乗り切っていき
 ましょう・・・)


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対馬丸記念館

沖縄出張の折、隙間時間を利用して那覇市内の戦争の
記憶の一つである「対馬丸記念館」を訪ねました。
対島丸事件とは「対馬丸(つしままる)は、日本郵船の
T型貨物船の一隻で、総トン数6,754トンの貨物船。
日本郵船所有船としては初代にあたる。 太平洋戦争
中の1944年(昭和19年)8月22日、政府命令による
学童疎開輸送中にアメリカ海軍の潜水艦の攻撃を受け
沈没し、犠牲者数1,476名を出した。」(ウィキより)

子供たちは当初遠足気分で出発したものの、窓ひとつ
ない船倉に収容され、夜中に魚雷攻撃で海に投げ出さ
れ漂流したり、そのまま海底に沈んでいた多くの人々
の無念を感じるものです。2004年に設立された記念
館、記念会の発行するパンフから心に響く文章を
引用します。

◇いま「対馬丸」を語ること◇
 私たちは考えました
 いま「対馬丸」を語ること、それは何でしょう?
 戦争のこと?それとも平和?
 本当に語って欲しいこと、それはいまそこにある
 それぞれの「夢」のことです

 暗くつらい戦時でも「夢」は持っていました
 でも、生きていればこその「夢」
 犠牲になった彼らの無くしてしまった「夢」
 彼らが持っていたであろう未来への「夢」
 その「夢の未来」に私たちは生きています
 
 この館に身をおいたら、感じてみてください
 そして、考えてみてください

 この館には犠牲者の数と比較して
 遺品など、「物」があまりありません
 どうしてでしょうか?
 あまりにも長い時間がたったから?
 思い出を残そうとしなかったから?
 沖縄戦では多くが焼かれ破壊しつくされました
 形あるものは失われました
 しかし、人々の「想い」は決してうしなわれません

 人々の「想い」、それは平和への強い「希望」です
 戦争を語るとき、悲しみと憎しみが生まれます
 悲しみの大きさを、「希望」にかえる努力をしないと
 憎しみが報復の連鎖をよびます
 しかし、報道の連鎖で悲しみは癒されるでしょうか?

 いま「対馬丸」を語ること、それは何でしょう?
 
 いまも世界では報復の連鎖が
 子どもたちから新たな夢と希望を奪っています
 この報復の連鎖を断ち切る努力を一人ひとりがする
 こと
 これこそが、対馬丸の子どもたちから指し示された
 私たちへの「課題」ではないでしょうか

       2004年8月22日 財団法人対馬丸記念会

いかがですか?抑制の効いた語り口で、「報復の連鎖」
の虚しさを説いています。「夢と希望」は決して断ち切って
はならない・・・・・

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(沖縄の盛夏の青空がまぶしい)

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テニス復活

西日本では梅雨明けのようですね。蒸し暑い日々が
続いています。エアコンも上手に使って、体調管理も
亜熱帯化する日本では生活の知恵化していますね。

かねてからテニス復活作戦を練ってきました。5月に
会社のテニス部仲間でゴルフ&テニスをやった折に
ある先輩が入っているテニスクラブを紹介してもらう
ことになり、6月から入り、日曜を基本に通うことに
なりました。

2015年に2回しかプレーしなかったこともあり、毎週
やることになると身体がきついものです。また、テニス
スタイルの変化や自分の感覚のズレ(年齢に応じた
ゲームの進行の仕方や技術面)があり、課題は山積み
です。しかし、ここを乗り越えないと先へ進めないので、
今は筋肉痛や疲労、思うようにいかないイライラを受け
入れ頑張っています。

私自身のテニス歴は長く、1967年の中学入学時か
らでなんと49年になります。もちろん40歳代からは
会社や休日のゴルフが増えたり、教育費等々継続
できる環境が限りなく厳しかったこともあり、「止めな
かった」といったほうが正しいかもしれません。

60歳代はテニスとゴルフを通じて友人とのネット
ワークを維持していくキーになるものと位置づけら
れます。

また、そうしたい(テニスクラブ加入)と思っていると
巷の情報や会話への気付き、行動といったことにつ
ながり、実現へ近づいていきます。今回のきっかけ
もそういった事例のひとつですね。

道具にも関心が深くなったり、ウィンブルドン中継を
積極的に観るようになったりいろいろ変化が出てきま
す。とても興味深いことです。ただ、今は結構、暑さと
筋肉痛、疲労感とはうまく付き合っていきたいもの
です・・・・・

このようにHRP(ハッピーリタイアメントプログラム)的なアプロ
ーチですが、退職後の世界への移行準備は必要
です。今のビジネスへ気持ちはの日々仕事ができる
ことが幸せという感覚も生まれています。

会社のポジションの変化、異動、引っ越し、新しい
世界、仲間との出会い等々人生の節目へ向かって
いる実感もあります。

もうすぐ梅雨明け、盛夏となっていきます。「身体だけ
は大事にしましょう!」先代三平師匠ではありません
が・・・

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お引越し

とうとう合計10年間過ごした浪速の地を離れることに
なりました。御堂筋線の新大阪から2つ目の江坂に
長いこと住んでおりました。田んぼと工場が中心の
街が大阪万博を期に駅周辺のビル建設、かつては
ダイエーの本社もあった場所で、アクセスの良い土地
柄単身者マンションから周辺の住宅地が駅に近い
マンション群となり、ファミリー向けも多くできるように
なりました。実に暮らしやすいところでした。

6年間の生活で衣類や本、様々な生活用品が随分
増えて川崎に自宅の部屋に入りきれなくなるほどで
した。ともかくも移り住み東京、首都圏の人に再び
なることと相成りました。

最後の日に時間があったので天六にある「大阪くらし
の今昔館」(大阪市立住まいのミュージーアム)
に行ってみました。

江戸時代の町屋を再現してあります。天保年間の
ものだそうです。建具屋、小間物屋、唐物屋、呉服屋
しもたや(しもうたや;仕舞うに由来し店をたたむという
ことで、普通の家を指す。ある程度財産ができて店
をたたんで普通の暮らしをしている。)薬屋、本屋、
人形屋、会所、風呂屋、蔵、裏長屋、井戸がありました。
江戸とは違って町屋でも瓦葺が標準、江戸は板屋根
も多かったそうです。やはり商売の町大坂の面目躍如
か・・・時を知らせる夜中時回りも江戸は拍子木で
大坂は太鼓を叩いて回ったそうな。はやし太鼓として
三味線歌などでも一曲の終わり、店開きの口上にも
太鼓を使い身近なものでした。大阪や京都では路地
を「ろうじ」と読みます。

面白かったものを紹介します。
・風呂屋
 現在のものとほとんど変わらず、脱衣箱(ロッカー)
 があり、高座といった東京でいう番台、引き札といって
 宣伝広告がかかっていて、ざくろ口といって湯気を
 外にに逃がさない小さな入口があります。広さも結構
 あってこれなら快適だろうと感じさせるものです。

・裏長屋
 へっつい;火打石を使ってほくちに火を移し、いわば
       ガスコンロ
 走り・水壺;野菜を洗ったり米を研いだり炊事をするの
       が走り、大坂の水は金気が強く飲み水に
       ならないので、買った水を水壺にためます。
 行灯;菜種油が燃料
 縁・裏前栽;縁側のある小さな庭。盆栽程度が精一杯。
 羽織;改まった正装で、部屋の壁に吊り下げます。
こんな感じの小さな一棟四家族の長屋は、戦後まで
はあったと思いますが、下町情緒、人情の凝縮された
空間です。私のある種の憧れの「方丈記」のような空間
で、最小限にモノを絞り込んだ(必要最小限)の世界。
お引っ越し後の我が家と対照的なことか・・・・・

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(大通りの天神祭り近くの時期の夕暮れを再現)

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(火の見櫓の見える風景)

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(呉服屋の帯づくしの宝船)

このような天保年間の大坂町屋にタイムスリップ。
 

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