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桜の宴Ⅱ

ご存じ大阪造幣局の「通り抜け」今年で133年になるそうです。
133種類300本以上の八重桜見事としか言いようがありませ
ん。まずはご覧ください。
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素晴らしいものでした。

さて、「若き友への人生論」森信三著(到知出版社)から
珠玉の言葉をご紹介しましょう。桜の華やかさに負けない
輝きを放っています。

長くてもせいぜい100年、そして一度しかない人生。この
限りある「生」を意義ある充実したものにするための心構
えを説くものです。

◆人生の意義
 人生についての考察を始めるにあたり、最初に最も根本
 問題として考えられるのはそもそも人類がこの地球上に
 出現したこそこそが最大の驚異であり、まさに「奇蹟」だ
 ということだ。
 人生は80~90年に過ぎず、繰り返すことはない。この
 「生」には次のような意義がある。
 ・天賦の特質を発揮する:生を受けた以上、天から与え
  られた特質=長所を発揮する必要がある。
 ・人のために尽くす:人間が孤立的存在ではなく、社会
  的存在である点に基づく。実践としては日々自分が
  接する人々に可能な範囲で親切に尽くす。

◆逆境に処する態度
 幸福は最初は不幸の形をして現れるのが常であるという
 ことが参考になる。不幸を避けようとせず、それに耐えぬ
 抜くことで、思いもしなかった大きな幸福が与えられるとい
 う意味に異ならない。不幸を耐え忍ぶことから、自己中心
 的な考え方から、相手の立場を考慮できるようになる。
 その結果が解決につながる。

◆人生における一日の意義
 人間の一生を象徴するには、私たちが日々過ごしている
 一日一日である。一日は一生を形成する確実な単位で
 あり、優れた業績を挙げた人々は一日一日を充実した
 生き方をしてきた人々である。言い換えれば一日の過ごし
 方をみれば一生をどのようになるかの予測は可能だ。

◆死と永生について
 死を迎える準備は人生で最も重大な問題といっていい。
 この地上の生は絶対者より賜った束の間のものであり、
 この世でなすべき任務が終われば、再び絶対者の懐へ
 還りゆく。この理を理解し、自己の生理的な死に対して
 嘆き悲しむこともなく、これを甘受する態度が大切である。

といった森信三氏は1896年愛知県生まれ、京都大学哲学
科に進学、西田幾多郎氏の教えを受け、天王寺師範の
専任教諭を務める。

一日をどう生きるかは一生の縮図。肉体的生命の限界
を必要以上にこだわらず、達観することも、日常の拘り
から自己を解放することにもつながるという教えでしょう。
この年になるとありがたくも、いくばくかの日常の重みか
らの解放感につながる金言となります。

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