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50歳からの「死に方」(下)

先週に引き続き弘兼憲史さんの同書に関するもの
です。目次を追って私自身の50歳からの変化と現在
の心境を考えてみましょう。

第三章 今、すべきこと

・叶わない夢は持たない
 50歳代残り時間も考えた夢というより目標にすべし
 それは賛成。私は「60歳身の丈」と呼んでいる。
・目標はタイムリミットを設定する
 これは基本だ。氏が松下をやめて3年後には会社に
 いたころより稼ぐと決めた。50歳になって「いつか」で
 は心もとない。
 具体的に何歳にはこんなこと、という目標が大事。
 そして今を大事に。時とともに変化もあり。
・これだけは「他人に負けないもの」を持つ
・自信につながる「拠りどころ」を持つ
・オタクを極めてプロになる
 結局好きなことが極められ、そして自分自身の道に
 なっていくのか・・10年やればプロの領域の近くまで
 はいく
・60歳は新入社員
・ボランティア参加で「肩書き抜きの人間関係」を学ぶ
・過去の「肩書き」を捨てて生きられますか?
 いい意味で「いいヤツ」になることは新しい世界で
 大事。それにはボランティアがいい機会。肩書きで
 生きてきた会社員。仕事をする上では重要。しかし、
 横社会では嫌味。
 正にここが、組織人、会社員、幹部社員の試練。
・人に任せて7割できたら良しとする
 山本五十六元帥の「「やってみせ 言ってきかせて
 させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」
・50歳にして「男子、厨房に入る」
 料理はひとつのプロジェクト遂行に通じる
 やってみてその通りと思う。料理は多重の段取り
・小さな旅で「ときめき」を感じる
 正に旅や知らない土地に行くことは気づきと感動と
 を呼ぶ。非日常。
・妻との距離を大切にする
 共通の趣味というよりお互いの趣向を認め合って
 豊かな人生。
 適度な距離がいいと思う。お互いの尊重だ。
・何をやるのも「土日の活用」がカギ
 その通り。結構時間があると思う。

第四章 その先にあるもの
・やがて訪れる老い
 死を考えることは生を考えること。死から逆算する
 年代。萩原朔太郎の言葉「人が老いていくことを
 誰が成長と考えるか。老いは成長でもなく退歩でも
 ない。ただ、変化である」若い時代とどう変化して
 見せるか楽しみ。
 不必要な老いへの嫌悪と恐れを持たぬ自然体が
 重要だと感じた。どう受け入れ心構えしていくか
 確実に訪れることを気に病むことはやめたい。
・「在宅死」を考える
・「死にざま」を見せる
・なぜ日本人は太って死ぬのか
 予め在宅死や終末医療について意思表示をする
 ことの重要性を説く。
 いよいよこういうことを考える年代になったかと
 感じ入る。行動「延命措置はしない」意思表示が
 大事。
・「孤独死」は本当に寂しいか?
・「安らかに死ぬ」とはどういうことか
 死をタブーとしていた現代。終末医療とか安楽死
 といった社会問題も今後さらに直面するだろう。
 死をどう受け入れるかの心構えが生き方の究極
 と感じた。ピンピンコロリが私の究極の生き方の
 終末。しかし、そういくとは限らない。いろいろな
 手だてが必要だろう。
・僕の遺言(弘兼憲史さん)


<全体の私の感想>
「死に方」を考えることは「生き方」を考えることという
言葉がだんだん自分(61歳)の中に入ってくる今日
この頃といった感じがする一冊でした。「50歳から
の生きかた」ブログも11年続けていますが、すこし
ずつ感じ方が変化していることを痛感するきっかけ
となりました。

Dsc_0700

(近所の国道沿いのプランターの百合。今が旬。
 香り立つ存在感の主張が持ち味でしょう)
 
 


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コメント

50歳から
ということは、私も入っちゃってます。
母一人子一人、頼る者なし。
これからもっと考えて生きなければ(笑)

投稿: 理恵 | 2015/06/21 22:50

理恵さん
コメントありがとう。老い退歩ではなくは変化としてとらえればいいと思えば楽になりますね。いろいろ考えながらいきましょう。これからもよろしくお願いします。

投稿: Shun | 2015/09/27 05:49

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