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2015年3月の投稿

2015/03/29

キャンピングカー・ショウ

駅で何気なくパンフの棚を見ていたら、テレビ大阪
主催のOOSKA CAMPING CAR SHOW 2015があり
ました。

退職後のひとつの案として温めてきたキャンピング
カーをさっそく観に行きました。

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あるカタログの扉にある文言実にそそります。
「クルマ旅」

「テレビの旅番組をみていて突然旅行に行きたくな
った。そういった経験をお持ちではないでしょうか?
しかし、鉄道や飛行機ではいつでもすぐという訳
にはいきません。
時刻表はあらかじめ定まっていてこちらの都合では
変更できませんものね。
乗用車なら無理矢理に出発はできるのでしょうが、
宿の心配があります。予約したりチェックインしたり。

これに対するくるま旅の場合。
他の旅行手段と比較すれば実にユルイ。
ある程度の計画を立ててから出発される方が多いよ
うですが、中には全く無計画の方も。

しかし実はこれこそがクルマ旅の醍醐味。
いつでも出発できる気持ちの余裕が心を開放して
くれます。
そして行く先は風任せ。

ローカル色豊かな市場を探して食材を買い求め、
店主と情報交換。
情報というのはガイドブックに掲載された観光スポット
や有名レストランだけではありません。地元の人しか
知らないラーメン屋さん、桜がきれいな公園、とって
おきの夕日スポットなど、人により様々。
その新鮮な情報を元に明日の行く先を決める。
まさに自由気ままな旅スタイルです。」

規則正しさが求められる世の中にあって、せめてオフ
の時間だけは気ままに過ごしたって構わないのでは
ないでしょうか。
また、そんなユルイ旅で日本を見つめ直せば新たな
魅力を発見できるかもしれません。
そしてそんな発見は日常の暮らしをも豊かにしてくれ
る可能性を秘めています。」
<アネックスキャンピングカー カタログより>

体言止めの使い方やこの人の文章いいですね~
ちょっと句読点が少ない気がしますが・・・

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ひとりかふたり旅であればバンをベースにしたいわゆる
バンコンがいいような気がしています。これからじっくり
中古も含めて検討していきます。楽しみだな~

決して楽しいだけではないでしょうが、道の駅、人々
の生活の歴史を語る民俗博物館系等自炊ベースの
生活もやってみたいと考えています。


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2015/03/16

週末の台北

3月の初め、週末を利用し台湾に行ってみました。
台北市内観光でしたが、親日的雰囲気と活気が
印象に残りました。おしゃべりなガイドさんによる
台北市民事情が大変面白かったです。

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中正紀念堂といい、「中正紀念堂は、中華民国の初代
総統である蒋介石を顕彰し1980年に竣工した。中正
紀念堂の「中正」とは蒋介石の本名である。

蒋介石が1975年に死去した際、行政院(日本の内閣
に相当)は全国民の哀悼の意を表すことを目的とする
紀念堂の建設を決定し、同年6月26日に14人の政治
家、文人、実業家からなる中正紀念堂建設委員会を
設置した。」

やはり蒋介石総統が始め地域でありますな。

写真にはないのですが、故宮博物館は外せません。
一般には目玉は肉、野菜、鍋といって石の豚肉、白菜
に似た美しいものです。鍋は鼎に初期の漢字がたくさん
書き込まれたものです。これらはすぐおさえました。
一時間という超限られた時間なので後の時間は磁器
を観ました。何度でも来たいという気にさせます。

夜の食事はガイドさんに教わったディン・タイ・フォン
信義店の小籠包を少しづつ出してくれるコース
(700台湾元)がよかったです。
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九份(キュウフン)観光も見逃がせません。今回はナイト
ツアー。長くなりますが生い立ちが大事なので引用。
「九份という地名の由来はいくつかある。
台湾語では一般的に「九份」とは「開墾した土地の持分
を9人で分けたもの」の意。 清朝初期に9世帯しかなく物
を買うときにいつも「9つ分」と言っていたことから、とも
いう。

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その昔、九份は台湾の一寒村に過ぎなかったが、19世紀
末に金の採掘が開始されたことに伴い徐々に町が発展し、
日本統治時代に藤田組によりその最盛期を迎えた。
九份の街並みは、日本統治時代の面影を色濃くとどめて
おり、路地や石段は当時に造られたものであり、酒家
(料理店)などの建物が多数残されている。

しかし、第二次世界大戦後に金の採掘量が減り、1971年
に金鉱が閉山されてから町は急速に衰退し、一時人々
から忘れ去られた存在となっていた。

1989年、それまでタブー視されてきた二・二八事件を正面
から取り上げ、台湾で空前のヒットとなった映画『悲情城市
(A City of Sadness)』(侯孝賢監督)のロケ地となったこと
により、九份は再び脚光を浴びるようになる。映画を通じ
て、時間が止まったようなノスタルジックな風景に魅せら
れた若者を中心に多くの人々が九份を訪れ、メディアにも
取り上げられるなど、台湾では1990年代初頭に九份ブーム
が起こった。


宮崎駿のアニメ『千と千尋の神隠し』のモデルになったと
いう噂もあり、日本の観光客への知名度が高まったが、
ジブリ・宮崎により公式に否定されている」

しかし、写真の建物はいかにも湯婆婆がでてきそう・・・

夜店は台北の名物、とにかく活気があって楽しい。
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ガイドさんによると台北はシンガポール並みの物価?だ
が、タクシー、食べ物、マッサージは安い。共働きなので
8割の女性は食事を作らない。だから、食事の店が多い。
そういった話を聞くことが格安ツアーの面白さかもしれ
ません。


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