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シンクロ奥野史子さん

前回に続いて講演シリーズ。シンクロの奥野史子
女史。先日ある得意先のイベントで聞きました。
多くの人がバルセロナソロ・デュエット銅メダリスト
であることはご存知だと思います。また北京の
4×100mリレーの銅メダリストである朝原宣治氏
の妻であることも有名ですね。同志社大学の同級
生であることも・・

「私とシンクロ~オリンピックイヤーに思うこと」と
いうお題です。京都の呉服屋さんの三女で育った
史子さんは小さい時分にたまたま当時珍しかった
シンクロ教室に通い、井村雅代コーチに出会います。
84年から五輪正式競技となっていたシンクロ。
井村コーチは「限界を作らない」「妥協しない」「何人
敵があってもめげない」人に鍛えられた。

前回の古賀さんと同様、中学時代に目標設定を
されて練習ノ―トを付けてコーチに添削される日々。
同じですね~。井村コーチとの出会いで以降の道
を進みます。92年の銅メダル後、93年の世界選手
権で4位に甘んじます。競技採点の基準の違いに
も悩まされます。(上村愛子さんを想起させます)
テクニカルからアーチスチックに力点が移ったよう
です。

そこで、94年の世界選手権において伝説となった
「夜叉の舞」が生まれます。覚えておいでの方も
多いと思いますが、にこやかな演技と異なり、女の
情念を表わす迫真の演技です。ここで、芸術点満点
を取り、2位に入ります。ここが彼女の競技人生の
クライマックスだったようです。

彼女は同じ採点競技であるフィギュアスケートの麻央
ちゃんのソチ五輪を興味深く観ていたそうです。SP
では下位になり、フリーで人に感動を与える演技で
世界中の人を魅了しました。オリンピックは魔物が
住むといいます。メダリストとそうでない人との違い
はトコトン。そういう五輪、「チャレンジャーでいられる
こと」がいかに大事かがあらわれるといいます。井村
コーチがすごかったのは、選手を「マスコミからシャット
アウト」「上を向かせる=守りに入らない」「とことん追
いこんで練習させる」ことを徹底させていたそうです。

いかに人に感動を与えることが大事かを「夜叉の舞」
で悟ったそうです。今までは勝つためだけにやってき
たと最後になって分かったと。共感するものがあります。

ちなみに、シンクロ選手は一日5,000キロカロリーを
消費し、食べないとどんどん痩せてしまいます。水中
で効果的に浮力を得るには、釣りの浮のような真ん中
(お腹)が膨らんでいることがよいようで、そのために
脂肪を付けようとケーキを無理に食べていたそうです。
驚きです。また、あの鼻栓(ノーズクリップ)は外れた
時のために常に2つは予備を水着に挟んでいるとの
ことです。息つぎは厳しく、演技の関係上苦しいから
と途中で水面に上がることは許されません。時には
失神するとこともあるらしいです。

その後の彼女の生きるコンセプトは「アーチスティックな
シンクロ」で、シルクド・ソレイユにも所属して今日に
至っています。現役の体験が一生の生き方に影響する
ことをここでも見つけました。

いずれにしてもすさまじいスポーツですね。
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(ハクモクレンの花芽 いよいよ春ですね)

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