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平和の礎

沖縄の歴史と風土の中で培われた「平和のこころ」
を広く内外にのべ伝え、世界の恒久平和を願い、国
籍や軍人、民間人の区別なく、沖縄戦などで亡く
なられたすべての人々の氏名を刻んだ記念碑「平和
の礎(いしじ)」を、太平洋戦争・沖縄戦終結50周年を
記念して1995年6月23日に建設されました。(県ホ
ームページより)

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前から訪ねようと思っていたところ機会があり、休暇
を取り、実現しました。沖縄戦でなくなった20余万の
人々全員の名前が刻印され、その重みを無言で
訴えるものがありました。

続いて沖縄県平和祈念資料館へも立ち寄りました。
五つの室から構成され、以下資料室の案内から引用
します。
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第一室「沖縄戦への道」
沖縄戦に至るまでの沖縄の歴史や戦争がなぜ起こ
ったのかを展示

第二室「住民が見た沖縄戦「鉄の暴風」」
沖縄戦において、日米両軍は、総力をあげて、死闘
をくり広げた。米軍は物量作戦によって、空襲や
艦砲射撃(かんぽうしゃげき)を無差別に加えおび
ただしい数の砲弾を打ち込んだ。この『鉄の暴風』は、
およそ3ヶ月に及び、沖縄の風景を一変させ、軍民
20数万の死者を出す凄まじさであった。

第三室「住民の見た沖縄戦「地獄の戦場」」
日本守備軍は首里決戦を避け、南部へ撤退し、出血
持久作戦(しゅっけつじきゅうさくせん)をとった。
その後、米軍の強力な掃討戦(そうとうせん)により
追いつめられ、軍民入り乱れた悲惨な戦場と化した。
壕の中では、日本兵による住民虐殺や、強制による
集団死、餓死があり、外では米軍による砲爆撃、
火炎放射器などによる殺戮があってまさに阿鼻叫喚
の地獄絵の世界であった。

第四室「住民の見た沖縄戦『証言』」
沖縄戦の実相を語るとき、物的資料になるものは
非常)まわしい記憶に心を閉ざした人々の重い口から
、後世に伝えようと語り継がれる証言の数々は、歴
史の真実そのものである。

第五室「太平洋の要石(かなめいし)」
沖縄の戦後は収容所から始まった。その後、米・ソ
を軸とした冷戦構造の中で軍事基地として強化され
てゆく沖縄。土地を奪われ、さまざまな抑圧を受けて
きた住民の怒りは、島ぐるみの土地闘争や復帰運動
へと広がって行く。東西冷戦が終わった今もなお、
世界各地にくりひろげられる民衆の悲劇。沖縄の
教訓は、平和の要石を通して世界へ発信される。

沖縄返還までの戦後はあまり知る機会が少ないの
ですが、今回は第五室で沖縄の戦後の一端を垣間
見ることができました。五つのコーナと資料館の
建物や紺碧の海、空の美しさとのコントラストが印象
的でした。

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