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板門店

2月の初旬に休暇を取り板門店へ行ってきました。
昨年に続き38度線に近づきました。

・板門店の由来
「板門店という地名は韓国戦争(韓国では朝鮮戦争
とは言わず韓国戦争という。朝鮮は李朝時代まで
を指す)当時UN軍と共産軍との休戦会談による。
当時こちらには居酒屋を含めた4軒の茅葺きの家
があった。地名はノルムンリだった。1953年休戦協定
が締結されてから公式に国連軍と共産軍が共同
管轄する共同警備区域(JSAジョイント・セキュリテ
ィ・エリア)と呼ばれながら韓国と北朝鮮の行政区域
に入らない独特な場所であった」

・会談場
「軍事分界線上の会談所建物は全部で7つあり、
この中で3棟は国連軍が4棟は北朝鮮が管理して
いる。国連軍の3棟の中で本会談所は解放されて
いて南と北が会う唯一な場所である」
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(会談場 青い建物が国連軍管理)

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(会談場内の軍人)

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(境界線は窓の外のコンクリートの盛り上がった部分)

・北朝鮮の板門閣
「北朝鮮が管理するところで一番代表的な建物である。
板門店の自由の家から80m離れていて、1969年9月
に設立された。この建物は35名の北側の軍人の事務
室で屋上は北側の訪問客の展望台として使っている」

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・帰らざる橋
「1953年7月27日休戦協定が締結された時この橋で
捕虜交換が行われた。この橋を渡ったら二度と帰ること
ができないという意味で帰らざる橋と呼ばれる」

映画「JSA」の舞台となった場所で、見張り小屋が左側
にあり、その軍人同士の物語ですが、実際は監視
カメラしかないそうです。

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いわゆる非武装地帯(DMZ)は軍事分界線から南北
2キロずつ幅4キロ半島を東西に241キロに達します。
その中に板門店の施設があるため、キャンプボニパス
という場所にバスで到着した後、厳重にパスポート
チェック後、誓約書を書かされて、国連軍のバスに
乗り換えて会談場に移動します。韓国軍兵士の監視
護衛の元で2列縦隊で見学します。非常に緊張感の
ある雰囲気の中です。写真はすべて許可を得た場所
のみで撮影しました。指さし、かがみこんだり、目立つ
服装は全て敵対行為と見なされぬよう制限されました。


024

臨津川(イムジン)から漢江沿いには見張り小屋が
定間隔で配置してあります。休戦状態の国の一面
を垣間見たものです。歴史とともに今や世界唯一
の分断国家の実情を直に見たことになります。
今回実感しました。あまり多くは語れませんね。

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