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乙川優三郎

お題の作家のことを行きつけのお店の理恵さんの
お母さんに本を紹介してもらいました。「かずら野」
(幻冬舎文庫)がいいから読んでごらんということで、
アマゾンで取り寄せました。1953年生まれという
ことで、年も近く親近感をもちました。今まで全然
知りませんでした。

物語は「足軽の次女菊子は、糸師の大店山科屋
に妾奉公に出される。絶望に沈む彼女の前で若旦
那の富治が主人を殺害する。嫌疑を逃れるため山科
屋を出奔し、富治とかりそめの夫婦となった菊子は
夫のために人を裏切り、罪を背負って生きていかね
ばならなかった。運命に流されまいと必死に生きる
女の、ひたむきさと切なさにあふれた感動の時代
小説。」です。

江戸時代の松代の絹糸の生産現場、深川に塩卸、
内神田藍染屋、行徳の旅館、浜の塩田、銚子の
鰯漁、魚油絞り、肥料用に鰯粕の現場などなど江戸
の庶民がけなげに働く姿、互いに助け合い、時に
憎みあう姿を愛情を持って描いています。大棚の
ボンとして育った富治が拝金の姿で一攫千金を夢
みては博打や詐欺に会いそのたびに落ち込むとこ
ろに「腐れ縁」で菊子は世話を続けます。その間に
幼馴染や職場の女将さん、大将が離縁を勧めて
くれるのですが踏み切れない・・・早く別れてしまえ
と読者は焦らされ、エンディングはいかに?富治が
銚子の鰯漁へ出ているところへ大波が押し寄せ、
珍しく人助けをした富治は・・

男性に媚びることなく生きようとする清廉な女性を
見事に繊細に描いています。思わず引き込まれます。
エンターテイメントとしても優れ、江戸の庶民を暖かい
目で描く様はあたかも昭和時代の大坂の酒場街や
あいりん地区に蠢く女性を描いた亡くなった黒岩重吾
を思い起こさせます。歴史、戦記ものを多く読んでい
るとたまにたまに憩うことの出来るオアシスのような
さわやかさを感じるものでありました。お母さんありが
とうございました。

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(川崎市 影向寺 (聖徳)太子堂)


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(影向石 当寺のいわれとなった霊石。奈良朝
時代創建のとき、ここには美しい塔が建てられ、
その心礎として使用されました。心礎には仏舎
利が納められ、寺院の信仰の中心となります。
「影向」とは神仏の憑りますところのことで、寺域
は太古より神聖な霊地神仏のましますところとし
て、信仰されていたのでしょう。幾星霜を経て、
塔が失われた以降、この影向石のくぼみには常
に霊水がたたえられて、近隣から眼病を患う人々
が訪れて、その功験によっていやされました。
江戸のはじめ万治年間に薬師堂が火を蒙ると、
本尊薬師如来は自ら堂を出でて、この石の上に
難をのがれたといわれ、それ以来、栄興あるいは
養光の寺名を影向とあらためたと伝えれらます。
寺ホームページより)

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コメント

乙川作品、読んだんですね。
私はまだ時代小説に興味をもてなくて読んでませんけど、母からいつもストーリーを聞かされているので、佐伯泰英とかその他の作品も読んだ気になっていますよ。

投稿: 理恵 | 2012/12/26 18:06

理恵さん
コメントありがとう。時代小説も時々間に挟んだ生活していきます。よいお年を。

投稿: Shun | 2012/12/30 07:21

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