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2012年12月の投稿

2012/12/31

2012年の締めくくり

2012年も大晦日となりました。今年も読者の皆様
本当にありがとうございました。多くの方が今年を
振り返りどんな年だったかに思いを巡らせておられ
ることでしょう。

私にとっても多くの事柄がありました。年初に
「ライフ「準備」、ビジネス「前進」」という標語で
取り組みました。このことは最後にお話しすること
として「私の10大ニュース」的にまとめてみます。

<家族編>
①長女結婚し、初孫が誕生(女の子)す。
②父親米寿(88歳)を迎え、お祝いを行い、ひ孫を
 見せることができた。
③長男職場に苦戦するも、乗り終えつつあり、応援す。
 次男大学へ進学。
④女房とは海外旅行が二度(韓国、米国)もできる。

<ビジネス編>
⑤会社における責任が増し、東京との往復増える。
⑥昨年の大幅減益による窮地への対策実り、増益
  基調へ、まだまだ序の口。今後の実行が鍵。

<個人編>
⑦健康基盤は歩き(ゴルフカートに乗らず、階段使い
 腹筋、腕立て、ゴムひも筋力、マッサージによる
 筋肉、腱、骨のケアにより乗り切る。体重1キロ
 オーバ。
⑧サクセスクラブ20周年になりスピーチできる。
⑨色鉛筆絵画で日美展で入賞できる。
⑩ゴルフ・テニスができることに感謝。

概ね良いことが続いた2012年でひたすら「感謝」
です。家族、支えてくれる職場の皆さん、サクセス
のメンバー、癒しを提供してくれる行きつけのお店、
身体ケアマッサージの伊藤さん、王さん多くの人の
顔を思い出しながら年賀状書きもそういう時間と捉
えるとうれしいですね。

さて、まとめです。「ライフ「準備」、ビジネス「前進」」
とは、ライフては「家住期」から「林住期」へ移る現在
は少しずつ自分の変化を捉えて、次のステップを
イメージし始めることを指します。ビジネスは今自分
の持つ資源を出し切って、皆の生活基盤を維持して
いくことをいいます。わが身や家族の「健康」を確保
しながら「一日一生」の心構えを進めることが大事
だと考えています。

巳年の来年またお会いしましょう。

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2012/12/25

乙川優三郎

お題の作家のことを行きつけのお店の理恵さんの
お母さんに本を紹介してもらいました。「かずら野」
(幻冬舎文庫)がいいから読んでごらんということで、
アマゾンで取り寄せました。1953年生まれという
ことで、年も近く親近感をもちました。今まで全然
知りませんでした。

物語は「足軽の次女菊子は、糸師の大店山科屋
に妾奉公に出される。絶望に沈む彼女の前で若旦
那の富治が主人を殺害する。嫌疑を逃れるため山科
屋を出奔し、富治とかりそめの夫婦となった菊子は
夫のために人を裏切り、罪を背負って生きていかね
ばならなかった。運命に流されまいと必死に生きる
女の、ひたむきさと切なさにあふれた感動の時代
小説。」です。

江戸時代の松代の絹糸の生産現場、深川に塩卸、
内神田藍染屋、行徳の旅館、浜の塩田、銚子の
鰯漁、魚油絞り、肥料用に鰯粕の現場などなど江戸
の庶民がけなげに働く姿、互いに助け合い、時に
憎みあう姿を愛情を持って描いています。大棚の
ボンとして育った富治が拝金の姿で一攫千金を夢
みては博打や詐欺に会いそのたびに落ち込むとこ
ろに「腐れ縁」で菊子は世話を続けます。その間に
幼馴染や職場の女将さん、大将が離縁を勧めて
くれるのですが踏み切れない・・・早く別れてしまえ
と読者は焦らされ、エンディングはいかに?富治が
銚子の鰯漁へ出ているところへ大波が押し寄せ、
珍しく人助けをした富治は・・

男性に媚びることなく生きようとする清廉な女性を
見事に繊細に描いています。思わず引き込まれます。
エンターテイメントとしても優れ、江戸の庶民を暖かい
目で描く様はあたかも昭和時代の大坂の酒場街や
あいりん地区に蠢く女性を描いた亡くなった黒岩重吾
を思い起こさせます。歴史、戦記ものを多く読んでい
るとたまにたまに憩うことの出来るオアシスのような
さわやかさを感じるものでありました。お母さんありが
とうございました。

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(川崎市 影向寺 (聖徳)太子堂)


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(影向石 当寺のいわれとなった霊石。奈良朝
時代創建のとき、ここには美しい塔が建てられ、
その心礎として使用されました。心礎には仏舎
利が納められ、寺院の信仰の中心となります。
「影向」とは神仏の憑りますところのことで、寺域
は太古より神聖な霊地神仏のましますところとし
て、信仰されていたのでしょう。幾星霜を経て、
塔が失われた以降、この影向石のくぼみには常
に霊水がたたえられて、近隣から眼病を患う人々
が訪れて、その功験によっていやされました。
江戸のはじめ万治年間に薬師堂が火を蒙ると、
本尊薬師如来は自ら堂を出でて、この石の上に
難をのがれたといわれ、それ以来、栄興あるいは
養光の寺名を影向とあらためたと伝えれらます。
寺ホームページより)

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2012/12/16

イザベラ・バード

「イザベラ・バード(Isabella Lucy Bird, 結婚後は
Isabella Bird Bishop夫人, 1831年10月15日 -
1904年10月7日)はイギリスの女性旅行家、
紀行作家。明治時代の東北地方や北海道、
関西などを旅行し、その旅行記"Unbeaten
Tracks in Japan"(邦題『日本奥地紀行』『バ
ード 日本紀行』)を書いた。」(ウィキペディア)

先日BSの録画で「にっぽん微笑みの国の物語」
~時代を江戸に巻き戻せば~を何となく見ている
とイザベラ・バードの話が出てきました。世界を
19世紀後半に旅し、日本へは1878年6月~9月
に47才で東北地方から北海道を訪ねています。
明治11年に西洋のご婦人が通訳一人を伴い
東北の奥地まで入り込んで旅行記を書いている
こと自体が驚きです。最初は日本人の風体や貧し
さを中心に書いていますが、やがて日本人が持つ
穏やかさ、礼儀の良さ、安全な治安状態に驚き
と好奇心を募らせていきます。
<ウィキペディア紹介文>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B6%E3%83%99%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%89

NHKでは、貧乏を苦にすることなく、理想をひた
すら追い求めるのではなく、「昔から続く日々の
確かな営みに裏打ちされた笑顔の国」として
一神教の世界とは異なる庶民の風土・文化と
して西洋人が捉えていることを紹介しています。

私たちが捉えている常識とは異なり、江戸時代
の農民の生活が色濃く残っているこの時代の
人々は決して抑圧された庶民ではなく、むしろ
貧乏ながら身の丈に合った幸せな生活をして
いたのかもしれません。

そして、イザベラは旅行記に「私はそれから奥地
や蝦夷を1200マイルに渡って旅をしたが、まった
く安全でしかも心配もなかった。世界中で日本
ほど婦人が危険にも無作法な目にもあわず、
まったく安全に旅行できる国はないと信じている」
と書いています。富国強兵を進め、一等国を目指
したその後の日本の方が庶民が苦労を強いられ
る時代に入って行くのでしょう。

旅に憧れ、自らが米国、カナダ、日本、朝鮮半島と
回ったイザベラ・バードの人物像に興味を持ちます。
番組では同署を卒論にした英国女性が同じ道を旅
する趣向を凝らしています。辿った旧街道はとても
細く山奥にあり心細いものがあったと思います。
「日本における人跡未踏の旅」という直訳にあるよう
に神秘の国日本の奥地を見るという好奇心にあった
ことは間違いないでしょう。それらを本にして西洋に
伝えるという仕事に情熱を持ったと思います。その
仕事が今日当時の日本の庶民生活を知る上で重要
な資料になっています。

そこには間違いなく江戸時代と大きく異ならない
世界があったのでしょう。貧乏だが穏やかで思い遣り
に満ちた庶民の姿があるのでしょう。微笑みを忘れ
ないことも確実に今日まで継承されてはいるものの、
旅行記が書かれた後、確実に軍事一等国から敗戦、
経済一等国へそして停滞する現在の日本を見直す上
で必要な要素の気もしますね・・

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(京都 飛雲閣)


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2012/12/09

ライトアップ高台寺

近畿地区に住む特典は京都や奈良に古刹を観に行き
やすいことが挙げられますね。12月初旬にしては寒い
今年ですが、17時以降ライトアップをしていて紅葉の
名残も楽しめるものでした。

高台寺(こうだいじ)は京都府京都市東山区にある
臨済宗建仁寺派の寺院。山号は鷲峰山(じゅぶさん)、
寺号は詳しくは高台寿聖禅寺と称する。豊臣秀吉の
正室である北政所(高台院)が秀吉の冥福を祈るため
建立した寺院であり、寺号は北政所の落飾(仏門に
入る)後の院号である高台院にちなむ。釈迦如来を
本尊とする禅宗寺院であるとともに、秀吉と北政所を
祀る霊廟としての性格をもった寺院である。
(ウィキペディアより)

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(遺芳庵 茶席)

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(庭園)

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臥龍池に映る上下シンメトリの景色に寒さを忘れて
見入ることができました。冬の夜にしっとりライトアップ
された雰囲気は何とも言えません。

太閤秀吉とねねこと北の政所が寄り添う像は何とも
夫婦の落ち着いた雰囲気が伝わってきます。思った
より広い庭園や利休の意匠とされる傘亭と時雨亭は
簡素な中にも茶の湯の日本人のDNAが刺激される
ものがあります。また時雨亭は二階建てで開放窓が
夏の蒸し暑さを凌ぐ工夫があり、なるほど京都の夏
だなあ・・と妙な感心もしました。

現在もそうですが、11月の新幹線で京都の乗降は
すごいものがあります。現在も修学旅行生や多くの
観光客で賑わっています。合計で7年目になる関西
ですが、訪ねるところの多さは格別です。暇を見つけ
ての楽しみの多いことか・・・

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2012/12/02

サクセスクラブ20周年

12月2日にサクセスクラブ20周年が都内で開催
されました。92年に設立されたもので、本ブログ
にも度々登場する任意団体です。高山代表幹事
以下幹事総出で演出し約40名が参加しました。

田口誠弘さんが「あなたは望む未来を選べます
導入編」のプレゼンがあり、8つの思考原則、
10の行動原則、100の実践アイディアということ
で、そのさわりが説明されました。詳しくは例会
でということです。田口さんのお話はネットでも
分かります。

サクセスクラブのメンバーは会社員あり、経営者
あり、自営業、お医者さん等々様々な職業の人々
が長年集ってきたユニークな集団です。

私も15分程時間をいただいたので、今までの
経緯、学んだこと、これからの自分のあり方、
をかいつまんで発表しました。40才まで、40~50
才、50才代、60才以降と段階を分けて説明しま
した。その柱は「3way7k」です。
3wayは①ビジネス②ビジネス以外の世間との関
わり③自分の好きなこと、7kは①感謝②絆③興味
④感動⑤貢献⑥経済⑦健康の私の生きる軸
(価値観)を示します。会社員が終われば「2way7k」
となることでしょう。本ブログの「55才の55か条」も
紹介しました。

「宏子先生の動物クリニック」でも有名な清水先生
も講演してくれました。「楽しく生きる7つのポイント」
です。素晴らしいユーモアに富んだものでした。

今では私の生き方の軸となっているものがサクセス
でもらった知恵といってもいいでしょう。そんな会の
20周年記念イベントでした。


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(初冬のゴルフ場 宝塚高原GC こんな素晴らしい
 光景に出会うこともある・・スコアは別で・・・)


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