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福翁自伝(下)

幕末から維新初期までは、動乱の時代です。福翁は
洋学を志し、新開地横浜の様子を見て蘭学から英学へ
転進していきます。翻訳を通じて多くの洋書を日本へ
紹介します。こんな人物は攘夷派や保守的な一派
からは常に狙われます。そんな心境を率直に語り
自宅の床下へ逃げ道を作ったり、常日頃から用心を
していました。標的は明治11年ころになると大久保卿
暗殺に代表されるように権力を確立していく政治家に
向けられていきます。

政治に対しては常に距離を置き、どんなに勧められて
も決して応じようとはしません。民間に身をおき、
「読書渡世の一平民」を貫き、維新戦争の当時も
慶應義塾は休みなく開かれていたといいます。政治
に対しても「政治の診察医にして開業医にあらず」
と当時始まったばかりの新聞をして帝国議会の開催
を世論に提起したりしました。

金銭に関しては著しく潔癖で「生涯借財をしたことなし」
といい、お金に対して心が揺らぐことを恐れて、どんな
時でも最悪を想定してこだわらずとされています。

家族を大切にし四男五女の9人を育て、妻錦(きん)
と仲睦まじく、留学した息子とは船便の度に手紙を
やり取りし、三百何十通ものやり取りをしているよう
に家族を大切にしています。

一方立ち上がるときは早く、榎本武揚助命の行動は
素早く、人情、義侠心の強さあり、一方慶應義塾の
三田の土地取得に対しては情に流されず、筋を通す
強さがあります。

一歩引いているように見えたり、頑として筋を曲げぬ
ところあり、何ともこだわらぬところありで、捉えどころ
のない感じもしますが、他人にどう思われるとかを
気にせずわが道を行く「したたかさ」「しなやかさ」と
でもいうのでしょうか・・・

中津弁も混じった文章全体にユーモアがあり、権威
にすがりつく輩を茶化したり、使節一行で欧米に行った
ときの描写はまことに面白いものがあり夏目漱石の
それにも通じるものを感じます。

・生涯力を尽くす三か条

「人間の欲に際限のないもので、・・外国交際または
内国の憲法政治などについてそれこれという議論は
政治家のこととしてさておき、私の生涯のうちにでか
してみたいと思うところは、全国男女の気品を次第
次第に高尚に導いて、真実文明の名に恥ずかしく
ないようにすることと、仏法にても耶蘇教にてもいず
れでもよろしい、これを引き立てて多数の民心を
和らげるようにすることと、大いに金を投じて有形
無形の高尚なる学理を研究させるようにすることと、
およそその三か条です。」

翁は明治34年、1901年、20世紀の最初の年に
68歳で亡くなり、正に激動の19世紀後半の功労者
といえるでしょうが、その後の20世紀は世界大戦の
敗戦国、戦後の経済復興と絶頂、バブルの崩壊、
政治の貧困、外交敗戦と21世紀の十年につなが
ってきています。正に翁の望む三か条そして
「独立自尊」の形が国家、個人に大きな課題として
続いていると共感するものですね。

201208031252511

(翁の地元大分の料亭から海を臨む)

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