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壬生狂言(みぶきょうげん)

日曜日の雨の京都に壬生寺を訪ねました。

http://www.kanshundo.co.jp/museum/gyoji/gyoji_09.htm
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A3%AC%E7%94%9F%E7%8B%82%E8%A8%80
(ウィキペディア)
壬生狂言を正しくは「壬生大念佛狂言」と言い「壬生
さんのカンデンデン」という愛称と共に、古来から京
の庶民大衆に親しまれてきました。この壬生狂言は
今から七百年前の鎌倉時代、壬生寺を大いに興隆
した円覚上人が始めたものです。上人は拡声器とて
ない昔、群衆を前にして最も分かりやすい方法で仏
の教えを説こうとしました。そして、身振り手振りの
パントマイムに仕込んだ持斎融通念佛を考えついた
のです。これが壬生狂言の始まりと伝えられていま
す。

近世に入ると庶民大衆の娯楽としても発展し、本来の
宗教劇のみならず、能や物語などから色々と新しく
取材され、曲目やその数も変遷して現在上演される
ものは、三十曲であります。しかし、一般の能狂言
とは異なり、かね、太鼓、笛の囃子に合わせ、全て
の演者が仮面をつけ、一切せりふを用いず無言で
演じられる壬生狂言の形は変わらず、娯楽的な演目
の中にも勧善懲悪、因果応報の理を教える宗教劇
としての性格を今日まで残しています。

リンクの写真の通りです。せりふが無いので、しぐさ
のみで伝えるパントマイム的要素が強いので、外国人
にも充分分かることが魅力でもあります。いかに言葉
ではなく伝えられるかは勉強になるものがあります。
もうひとつは演じてくれている人々は「壬生大念佛講」
の人々で狂言が職業ではなく、会社員、自営業など
の本業を持ち小学生から八十歳台の長老まで約四十
名が狂言をやってくれているアマチュアということです。
だからこそ、地元芸能としての価値がある尊いもの
です。所作、頭の動きで感情を表現するところはとても
勉強になります。能面がいきいきとした表情に変わる
ところが面白さなのだと感じますね。

衣装も含めその運営は大変で、寄付を募っていました。
こういう努力している人々に援助できる日本人であり
たいとも感じ、一口寄付してきました。

当日は有名な「炮烙割り(ほうらくわり」といい、素焼き
の皿を何百枚と割ってしまう名場面があり迫力のシー
ンを楽しめたり、コミカルな「大黒狩り」「山端とろろ」
まさに狂言の吉本興業みたいな大笑いするもの、最後
の「本能寺」のように大捕りものの大迫力で迫ってくる
ものやらいろいろバリエーションがありました。800円
で充分楽しめるお薦めです。

花冷えの雨の一日の過ごし方としては結構贅沢なもの
でした。

014

(壬生寺)

006

(世界遺産 仁和寺 御室桜と五重塔)

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