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2012年3月の投稿

2012/03/31

60才までにやっておけばよかったこと

日経新聞の土曜日にNIKKEI プラス1という別冊が
あります。時々興味深いものがあります。今回は
「60才までにやっておけばよかったこと」という題
です。60才以上の500人に聞きましたという設定
になっています。引用します。
(1)お金
 1位 貯金
 2位 年金で暮らせるよう生活費の見直し
    (年金をもっともらえると思っていた)
 3位 退職後の働き方を考え、スキルアップ
    (生涯働ける資格が必要だった)
 4位 掛け金を払い、一定年齢で受け取る個人
    年金に加入
 5位 老後のレジャー資金を積み立てておく
 ◆しといてよかった
  ・持家を確保。退職までにローンを完済
  ・貯金
  ・病気・怪我に備えて保険に入る
  ・年金で暮らせるよう生活資金を見直す
  ・個人年金に加入

(2)健康
 1位 腹八分目。大食い・大酒をしない
 2位 肌の手入れ
 3位 野菜中心の粗食を心がける
 4位 日頃からよく歩く
 5位 早寝・早起き
 ◆しといてよかった
  ・旅行に出かける
  ・早寝・早起き
  ・人間ドッグなど定期健診
(3)人間関係
 1位 仕事以外の特技を持つ
 2位 夫婦関係を大切にする
 3位 ボランティアや町内会など地域活動に参加
    する
 4位 人付き合いで無理をしない
    (本当に大切な人と楽しく過ごす)
 5位 子どもとのコミュニケーション
 ◆しといてよかった
  ・夫婦関係を大切にする
  ・共通の趣味を持つ友人を作る
  ・人付き合いで無理をしない」

(4)50代以下に聞く
      「60才までにしておきたいきたいこと」

<人間関係>
  ①夫婦関係を大切にする
  ②人付き合いで無理をしない
  ③子どもとのコミュニケーション
<健康>
  ①よく笑い、くよくよ悩まない
  ②日頃からよく歩く
  ③早寝・早起き
<お金>
  ①貯金
  ②持家を確保。退職までにローンを完済
  ③病気・怪我に備えて保険に入る

どうですか?50才代の前後の意識調査結果と
なりましたが、私たちの問題意識とほとんどズレ
なく網羅されていますね。あまりにドンピシャなの
で思わず、なかなか出来ないからこそランクイン
されることなんだろうなと、思ったりもします。

一朝一夕で準備したりできるものでないことだけに
よく考えて日頃の習慣がものを言うということです
ね。

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滋賀県長浜の「盆梅まつり」で購入した梅がやっと
咲きました。今年は寒いですね。明日から新年度
気持ちを新たにスタートですね。

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2012/03/25

喜びと悲しみと

先日日野原重明さんの講演に出て購入した本を読ん
だ感想をアップします。「百歳は次のスタートライン」
悩めるあなたに贈る「至福の百話」(光文社)です。

1から20までの扉ということで、様々なテーマです。
その中から2の扉「喜びの絶頂」と3の扉「苦しみの向
こうへ」という対照的な章を取り上げてみます。

「喜びの絶頂」
うれしいことがあると、舞いあがっちゃいますね。でも、
有頂天になって奈落の底へ真っ逆さま・・・なんてこと
も。大事なのは、喜びをつくることと、その喜びの絶頂
から上手に着地することなのです。

「喜ばしい出来事さえも試練である」
世の中には、成功を手に入れたとたんに、自分の力を
過信して慢心し、やがて喜びの絶頂から転落してしま
う人が少なくありませんね?そういう人たちは成功の
上にあぐらをかき、努力を怠ってしまった。成功という名
の試練を、喜びの仮面の下に隠された試練を、自分
自身の成長に活かし切れなかったと言っていいで
しょう。
→この表現はとても心に響き、すとんと入ってきます。

「苦しみの向こうへ」
人生には、苦しいことがいっぱいあります。とことん苦
しんで、もがいてごらんなさい。やがて立ち上がる元気
がわいてきます。

「苦しんだ人ほど、喜びが深い」
「苦しい思いをしたくない」これは普通の感情でしょう。
でも、だからといって、苦しみを避けて通ろうとするのは
ちょっともったいないと思いますよ。なぜなら、苦しみの
先には必ず、喜びが大きく腕を広げて待っていてくれる
からです。その喜びの懐に飛び込んだときはまさに
幸福苦しみもがいた分だけ、そこから脱したときの喜び
は深いのです。
→分かるけどまだ、落ち切れない

「苦しみとは「命の成熟」」
困難とか苦労、苦しみといったことを考えるとき、私は
「成熟」という言葉を思い起こします。ヘルマン・ヘッセ
の言葉で「興奮と闘いの時代であった青春時代が美
しいと同じように、老いること、成熟することもその美
しさと幸せを持っている」

「苦労して得たものほど大きな生きがい感をもたらす」
神谷美恵子の名著「生きがいについて」(みすず書房)
には「ほんとうに生きている、という感じをもつために
は、生の流れはあまりになめらかであるよりはそこに
多少の抵抗感が必要であった。したがって生きるの
に努力をする時間、生きるのが苦しい時間のほうが
かえって生存充実感を強めることが少なくない。ただし
その際、時間は未来にむかって開かれていなくては
ならない。いいかえれば、ひとつは自分が何かに向か
って前進していると感じられときのみ、その努力や苦
しみも目標の道程として、生命の発展の感じとして受け
とめるのである」
⇒ここまで言われると参りましたという感じ

「喜びと悲しみは背中合わせ」
「喜び」と「苦しみ」は裏はらな関係にあって、50才代
にもなると、冷静というか成熟というか上手にその
関係を見極めて慌てず認識していくことが大事だと思
いました。さすが、人生の大先輩には深いことを言って
いただけるものです。学ばない手はありませんね。

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(来間島(くりま)宮古島西の沖合)

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2012/03/18

お伊勢参り

日曜日伊勢神宮へ行ってきました。平成25年に
20年に一回の式年遷宮を行います。遷宮とは
「神宮式年遷宮は、神宮(伊勢神宮)において行わ
れる式年遷宮(定期的に行われる遷宮)である。
神宮では、原則として20年ごとに、内宮(皇大神宮)
・外宮(豊受大神宮)の二つの正宮の正殿、14の
別宮の全ての社殿を造り替えて神座を遷す。」(ウィ
キペディより)
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遷宮はいろいろな意味、狙いがあるようです。建物
の老朽化対策という意味よりは、建築様式の継承
、神道の精神として「清浄さ」を保つため、新嘗祭の
20年の区切りである大新嘗祭として、天皇の交代
時の遷都の名残等々いろいろあるそうです。大勢の
参拝者を観ていると、戦後の教育にも関わらずいか
に天皇を中心とした文化が浸透しているかを感じる
ものです。

写真の場所に現在の内宮が移ることになるようです。
参拝後、宇治橋の帰路の端から2つ目の欄干は
祈りを唱え触ると御利益があるといわれています。
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次に参道になるおかげ横丁があります。赤福の本店
も近くにあります。玄関口は昭和5年開業の美しい
設計の宇治山田駅です。
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実は今回の目的は神宮美術館における特別展を
観ることにありました。ある集まりのメンバーである
友人が「歌会始御題によせて」のテーマ「岸」にまつ
わる絵画が展示されているので、応援方々観覧と
いうわけです。ありがたい限りです。

さらに足を伸ばし、賢島の志摩観光ホテルで名物
鮑のステーキを皆で分け合って食しました。オーシャ
ンビューの1951年開業でクラシカルなレストランの
雰囲気を堪能するというちょっと贅沢な日帰り旅行
が出来ました。たまにはそういうこともいいかな・・・
感謝の一日でした。お天気は涙雨・・・

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2012/03/11

津波から研修生を救った一人の日本人

先週に引き続き到知出版社「ひたむきな人生を送
った一流たちの金言2」から、今日3.11一周年の
話題を引用します。

中国ではいま
一人の日本人男性の命懸けの行為が
国民の間で大きな感動を呼んでいます。
宮城県女川町の佐藤水産専務・佐藤充さん。享年
五十五歳。

子どもの頃から私の尊敬する先輩であり、
石巻木鶏クラブの大切な仲間でもありました。

2011年3月11日。
東日本を巨大地震と大津波が襲ったこの日のことは
私たちの記憶から一生消えることがないでしょう。
佐藤さんはその時、
港のすぐ傍にある会社で業務に当たっていました。
・・・
近年では中国遼寧省の大連から研修生を受け入れ
ており、
三年という期限付きで二十人が加工や出荷に携わっ
ていました。
震災が起きたこの日も、
いつもどおり冷たい水作業に手をかじかませながら
和気藹藹と仕事に勤しんでいたのです。

午後2時46分、突然の激しい揺れが襲いました。
驚いた研修生たちはすぐに寄宿舎の傍らの小高い
場所に避難しました。
しかし、彼女たちには津波に対する十分な知識が
ありません。
佐藤さんは怯えながら寄り添う研修生の姿を発見
するや
「もうすぐ津波が来る。早く避難しなさい」
と大声で伝え、高台にある神社まで連れて行きま
した。
そして、残っている従業員や研修生はいないかと、
自らの危険を顧みることなく再び会社に戻ったので
す。

すでに津波は目前に迫っていました。
水かさは一秒ごとに増していきます。
佐藤さんは屋上に逃れたものの、
高台にいる研修生の前でついに社屋ごと津波に
呑まれ、
そのまま行方が分からなくなりました。
研修生たちはなすすべもなく、
泣きながら見守ることしかできなかったといいます。

大雪の中、帰る場所を失い途方に暮れる研修生たち
を助けたのは佐藤さんの兄で社長の仁さんでした。
・・
二十人全員を無事中国に帰国させたのです。
・・
中国のテレビや新聞は一斉に報じました。
報道は国民の間で大きな反響を呼び、
同国のポータルサイトには
「彼に愛は国境がないことを教えてくれた」
「彼の殺身成仁(身を殺して仁をなす)精神を中国人
は決して忘れない」という声が殺到しました。

先週月曜日に到知出版社の全面広告が全国紙に
掲載されました。偶然ですがブログとタイミングが
合っていました。そこには「一途一心」がキーワード
となっています。私たちの世代はこういう言葉にとて
も照れを感じてしまうものです。しかし、これこそが
今の日本に必要な要素かもしれません。

「一途一心とはひたすら、ひたむきということである。
一つ事に命を懸けること、ともいえる。
あらゆる道、あらゆる事業を完成させる上で、
欠かすことのできない心的態度である。
物事の成就はこのコア(核)なくしてはあり得ない。
イエローハット創業者の鍵山秀三郎氏は、
ある時若い人たちから成功の秘訣を問われ、
「二つある」と答えて白板に、

「コツコツ」

――と板書されたという。
コツコツは一途一心と同義である。
その根底にあるのは無心である。
心に雑念妄念が入っては、人間、コツコツにはなれ
ない。

人生の先達も一致して一途一心の大事さを説いて
いる。倫理研究所の創始者、丸山敏雄氏の言葉。
「己の一切を学問にささげ、事業に傾け、仕事に没頭
してこそ、はじめて異常(ふしぎ)の働きができる。
己の大きな向上、躍進、完成は己をむなしくすること
である。身をささげることである。
ここに必ず、真の幸福が添うのである」
森信三著『修身教授録』にある言葉。

「真の“誠”は
何よりもまず
己のつとめに打ち込むところから始まるといってよい
でしょう。すなわち誠に至る出発点は、
何よりもまず自分の仕事に打ち込むということでしょう。
総じて自己の務めに対して、
自己の一切を傾け尽くしてこれに当たる。
即ち、もうこれ以上は尽くしようがないというところを、
なおもそこに不足を覚えて、
さらに一段と自己を投げ出していく。
これが真の誠への歩みというものでしょう」

その膨大な著作から小社が三百六十六語を選んで
編んだ『安岡正篤一日一言』。
その中にも教えを凝縮したような次の言葉がある。

「何ものにも真剣になれず、したがって、
何事にも己を忘れることができない。
満足することができない。楽しむことができない。
常に不平を抱き、不満を持って、
何か陰口を叩いたり、
やけのようなことをいって、
その日その日をいかにも雑然、
漫然と暮らすということは、人間として一種の自殺行為
です。社会にとっても非常に有害です。毒であります」
では、どういう生き方をすればよいのか。

「いかにすればいつまでも進歩向上していくことができ
るのか。
第一に絶えず精神を仕事に打ち込んでいくということです。
純一無雑の工夫をする──
近代的にいうと、全力を挙げて仕事に打ち込んでいく、と
いうことです」

「人間に一番悪いのは雑駁とか軽薄とかいうこと(中略)。
これがひどくなると混乱に陥ります。
人間で申しますと自己分裂になるのです。
そこで絶えず自分というものを何かに打ち込んでいくこと
が大切です」
(到知ホームページより)

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(奄美大島)

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(種子島)

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2012/03/04

熊本の名校長・最後の授業

「ひたむきな人生を送った一流たちの金言2」(到知
出版社)を読みました。到知出版社というのは、私
も過去から注目している良質の本を出している出版
社です。

今日ご紹介するのは短くも強力なオーラを持った文章
です。まあ読んでみてください。

「まず親に感謝しろ」 熊本の名校長・最後の授業
 九州ルーテル学院大学客員教授   大畑誠也

私が考える教育の究極の目的は
「親に感謝、親を大切にする」です。
高校生の多くはいままで自分の力で生きてきたように
思っている。
親が苦労してそだててくれたことを知らないんです。

これは天草東高校時代から継続して行ったことですが、
このことを教えるのに一番ふさわしい機会として、
私は卒業式の日を選びました。
式の後、三年生と保護者を全員視聴覚室に集めて、
私が最後の授業をするんです。
そのためにはまず形から整えなくてちゃいかんという
ことで、
後ろに立っている保護者を生徒の席に座らせ、
生徒をその横に正座させる。そして全員に目を瞑らせ
てからこう話を切り出します。

「いままで、お父さん、お母さんいろいろなことをして
もらったり、
心配をかけたりしただろう。
それを思い出してみろ。
交通事故に遭って入院した者もいれば、
親子喧嘩をしたり、
こんな飯は食えんとお母さんの弁当に文句を言った者
もおる・・・」
そういう話をしているうちに涙を流す者が出てきます。

「おまえたちを高校に行かせるために、
ご両親は一生懸命働いて、
その金ばたくさん使いなさったぞ。
そういうことを考えたことがあったか。
学校の先生にお世話になりましたと言う前に、
まず親に感謝しろ」
そして

「心の底から親に迷惑を掛けた、
苦労を掛けたと思う者は、いま、お父さんお母さんが
隣におられるから、
その手ば握ってみろ」

・・・

「その手ががねぇ!
十八年間お前たちを育ててきた手だ。
分かるか。
・・・・親の手をね、これまで握ったことがあったか?

・・・

私は
「よし、目を開けろ。分かったや?
私が教えたかったのはここたい。

親に感謝、親を大切にする授業、これで終わり」

と言って部屋を出ていく。
振り返ると
親と子が抱き合って涙を流しているんです。
               (到知2011年1月号より)

いかがでしょうか・・ ひたむきな人生を送った人の
すごみが伝わってくる文章ではないでしょうか・・

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(石垣島)

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(宮古島)

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