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2011年2月の投稿

2011/02/20

胡蝶蘭に学ぶ

胡蝶蘭は会社やお店の贈答用としてよく使わ
れます。長く花が持ちその華やかさが好まれる
のはよくわかります。我が家のものもそうですが、
咲いた後に翌年咲かすせるにはなかなか難しい
ようです。木造家屋だと冬の寒さと日照が十分
確保できず難しいものがありますが、会社では
南向きで日照さえあれば温度(10度以上をキー
プ)は問題がありません。

昨年今の職場にも窓辺にひと鉢置いてありまし
た。充分に水も与えられていたようですが、昨シー
ズンは咲いていなかったようです。葉の様子元気
なので、是非咲かそうとケアを職場の人と一緒
に行いました。その結果、写真のように見事に
花を付けてくれました。本当に嬉しいものです。
やはりポイントは「愛情」だと思いました。何事
もそうですね・・・

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さて、胡蝶蘭は何故あんなに長く花を保てるので
しょうか?ウィキペディアに答えがありました。
「コチョウランは、その美しさで取り上げられるだけ
でなく、その光合成についても独特の性質がある。
他の多くの植物と同様、ランの花の花弁は花粉媒介
を行う昆虫を誘引し、中心にある器官を保護する
役割を担っている。花粉媒介がすめば、花弁は衰え
る(しおれる、あるいは枯れるなど)のが普通である。
これは、それらの器官を維持するのにそれなりの
栄養を消費するから、不用になったら素早く捨てる方
がよいからである。

しかし、コチョウラン属においては、多くの種で花弁は
新しい役割を担うようになる。それらは緑色に変化し、
明らかに光合成をするようになる。」
長々と引用しましたが、要は花が光合成をするという
ことなんですね。なるほどガッテンというところです。

何ごとも粘り強く「愛情」を持って事に当たるというこ
とを胡蝶蘭から学びました・・・。

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2011/02/13

立春過ぎ梅の頃

寒い日が続いています。こんな寒い日でも梅は咲き
始めます。新年になり、節分が過ぎて最初に花を
付け始めるのが一般的には梅といってもいいと思い
ます。つまり、春を予感させ一年で最初の花を付ける
おめでたいものといえるのではないでしょうか。

「江戸時代以降、花見といえばもっぱらサクラの花
を見ることとされている。しかし奈良時代以前に「花」
といえば、むしろウメを指すことの方が多かった。
ウメよりサクラがより愛好されはじめるのは、平安
時代中頃からのことである」(ウィキペディ)
何か分かる気もするし、寒さにうんざりし始めるころ
大阪城の梅林のニュースを見て、ふと見に行きたく
もなりました。まだまだ咲き始めでしたが、新しい
一年を予感させ、よい気分にもなります。
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立春を過ぎ、新しい一年といえば、ふたつのキー
ワードがあります。ひとつは生活の「展」。これは
生活にバリエーションを拡げることです。昨年は
新しい環境に慣れるために、かなり絞り込みを
しましたが、今年は少しそれを緩めていろいろ
トライしようと思います。古都観て歩き(随分やっ
ているじゃないかって?・・)テニス再開、ゴルフ
楽しみ、何か新しいこと等々自分の発想や付き
合いが拡がるトライのために・・・だから「展」
それは将来への布石ともなります。

もうひとつは「伸」。これはビジネスに取り組み
結果を出すことです。ここでは言えませんが、
成果を出していくべくパワーを集中させることに
取り組みます。これらをうまく組み合わせていく
ことです。

その土台が「健康」です。ポイントは血糖値と
コレステロール、食生活と運動の生活習慣を
改善させます。昨年からちょっとサボって体重
がアップ。これはまさに生活習慣、バカにでき
ないことです。

そんなことを考えながらの梅見、途中で盆梅の
素晴らしい作品に出合いました。
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まもなく春が巡ってきますが、今の時期にしっ
かり花芽を充実させる仕込みが要りますネ・・

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2011/02/06

松下幸之助歴史館

先日取引先でもあるパナソニック社の掲題のミュ
ージアムを見学する機会がありました。同社創業
50周年を記念して1968年に門真に建設された
1933年の社屋を復元したものです。
したがって2018年は創業百年ということになりま
す。

松下幸之助氏の偉業は語りつくされ、1946年に
PHP研究所を作ったり、1980年には松下政経塾
を開塾し現在の政財界に人材を輩出もしました。

ここでは、基本にかえり「商売戦術三十カ條」を
引用し考えてみたいと思います。1936年に販売
店向けの機関紙「松下電器連盟店経営資料」に
掲載されたものです。

第一条 商売は世の為、人の為の奉仕として、
     利益はその当然の報酬なり。
第二条 お客様をじろじろ見るべからず。うるさく
     つきまとうべからず。
第三条 店の大小よりも場所の良否よりも品の
     如何。
第四条 棚立上手は商売下手。小さい店でゴタ
     ゴタしている方が却ってよい場合あり。
第五条 取引先は皆親類にせよ。之に同情をも
     ってもらうか否か店の興廃のわかるると
     ころ。
*第六条 売る前のお世辞より売った後の奉仕、
     これこそ永久の客をつくる。
第七条 お客様の小言は神の声と思って何事
     も受け入れよ。
*第八条 資金の少なきを憂うるなかれ。信用
      の足らざるを憂うべし。
第九条 仕入れは簡単にせよ、安心してできる
     簡単な仕入れは繁盛の因と知るべし。
第十条 百円のお客様よりは一円のお客様が
      店を繁盛させる基と知るべし。
*第十一条 無理に売るな、客の好むものを売
      るな。客の為になるものを売れ。
第十二条 資金の回転を多くせよ、百円の資本
      も十回まわせば千円となる。
第十三条 品物の取り換えや返品に来られた
      場合は、売った時よりも一層気持ち
      よく接せよ。
第十四条 お客の前で店員小僧をしかるくらい
      お客を追い払う妙手段はない。
第十五条 良き品を売ることは善なり、良き品を
      広告して多く売ることはさらに善なり。
第十六条 自分の行う販売がなければ社会は
      運転しないという自信を持て、そして、
      それだけ大なる責任を感ぜよ。
*第十七条 仕入れ先に親切にせよ、そして、
      正当な要求は遠慮なく言え。
*第十八条 紙一枚でも景品はお客を喜ばせる
      ものだ、つけてあげるもののない時は
      笑顔を景品にせよ。
第十九条 店のために働くことが同時に店員の
      ためになるような待遇その他適当の
      方法を構ずべし。
第二十条 たえず美しい陳列でお客の集める
      ことも一案。
第二十一条 紙一枚でも無駄にすることは、それ
      だけ商品の値段を高くする。
第二十二条 品切れは店の不注意、おわびして
      のち「早速取り寄せてお届けします」と
      お客の住所を伺うべきである。
第二十三条 正札を守れ!値引きは却って気持
      ちを悪くするくらいが落ちだ。
第二十四条 子どもは福の神ー子どもづれのお
      客、子どもが使いに来ての買い物には
      特に注意せよ。
第二十五条 常に考えよ、今日の損益を。今日の
      損益を明らかにしないでは寝つかぬ
      習慣にせよ。
第二十六条 「あの店の品だから」と信用さし、誇
      りにされるようになれ。
第二十七条 ご用聞きは何か一、二の品物なり、
      商品の広告ビラなり持って歩け。
第二十八条 店先を賑やかにせよ、元気よく立ち
      働け、活気ある店に客集まる。
第二十九条 毎日の新聞の広告を一通り目を通し
      ておけ、註文されて知らぬようでは商人
      の恥と知るべし。
第三十条 商人には好況・不況はない、いづれに
      しても儲けねばならぬ。

今から70年以上前に書かれた文章ですが、読ん
でみるとはっとさせられるものがあります。非常に
言葉を大切にして、注意深く述べられています。
歴史館の中の空気はとても落ち着いたものがあ
り、翁の偉大さと一企業の宣伝館ではないことを
感じます。

30の中で選ぶとすると*をつけたものに特にシン
パシーを感じます。翁が1989年94才で亡くなるま
で常に世のため人のために常に考え行動し続ける
情熱・生きかたに人をこれだけ惹きつけるものがあ
ると思いました。

最後に翁の「道」を引用して終わります。

「道」
自分には
自分に与えられた道がある
広い時もある
せまい時もある
のぼりもあれば くだりもある
思案にあまる時もあるだろう
しかし 心を定め
希望をもって歩むならば
必ず道はひらけてくる
深い喜びもそこから生まれてくる

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2011/02/01

韓国旅行(下)

韓国旅行(上)では名所と食を中心にまとめま
した。今回はガイドさんに聞いたことも含めた
韓国事情についてまとめます。

韓国で驚くのはツアーで立ち寄る食事や土産
革製品等々すべての店で日本語が年配者(こ
れは歴史上当然かもしれませんが・・)や若い人
も流暢に話せます。これは相当日本語を学ぶ
努力をしていることだと考えられます。もし日本
で観光振興をもっと図りたいのであれば、現在
ならば中国語をマスターすべきという話になる
と感じます。現在の日本が規模のある国である
からこそ感じないことです。この点は大切だと
韓国で思いました。

ガイドの李さんの話では現在の韓国の大学進
学率は90%程度であり多くの子供が学校と塾
で大変厳しい競争環境にあるそうです。しかし、
就職は韓国経済程よろしくなく、余計有名大学
に殺到するとのこと。であるからして、少子化も
確実に進んでいるといいます。

中心部の町並みは大変きれいで人で溢れてい
ます。寒い日にもかかわらずすごい人出です。
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コンビニ事情は面白いものがあります。
セブンイレブンとファミリーマートが目につきまし
たが、店舗で食べられるコーナーがあります。
コーヒーやカップヌードル等のお湯を出すサー
バーも備えられ、セルフです。韓国の消費税
は10%だそうですが、物価は感じでは日本
の5割から7割ぐらいかなというところです。
(おおざっぱな感覚)ATMも完備されています。

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なかなか参考になる旅でした。日本語が通じ
人々も優しい印象を受け、癒しとしても買い物
でも人気があることは頷けます。電気製品、自
動車だけでなく化粧品でも相当実力を付けて
いることが分かります。

全般韓国は国民の幸せ度は分かりませんが
産業育成、TPP等の貿易等、国家戦略として
はうまく回っているように感じます。オバマ大
統領の年頭一般教書演説でも韓国に触れら
れていましたが、学ぶ点が多いことを実感しま
した。

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韓国旅行(上)

近くて遠い国ともいわれる韓国へ週末を利用して
行ってきました。今まであまり関心がなく、最近
の韓流ブームのドラマを通じてやっと少しずつ興味
が湧いてきたというところが実感です。

1910年の日韓併合から100年の歴史もひとつの
重みとして効いてくるわけです。しかし、ツアー
のテーマは「食」、「買い物」といったところが一般
ですね。前半では市内の見どころ、歴史、食をま
とめます。

今回はわずか1日の市内観光ですが、いろいろ
感じるところはあります。その前に到着日夜は
ガイドさんに紹介してもらった全身マッサージで
心と身体の癒しを行いました。一時間半で背中
脚、足裏をしっかりとやってもらいます。やはり
肩部分のうっ血がありコリを解してもらいました。

朝一番、ソルロンタンという牛骨肉をじっくり煮込
んだスープのお粥でスタート、景福宮(キョンボ
ックン)は李朝時代の古宮です。
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ガイドブックに書いていないのは最近まで写真
の門の前に朝鮮総督府が建てられていて、韓国
でも議論の末、取り壊された跡地であることです。
やはりそこに歴史の重みを感じざるを得ません。
あえて李王朝の象徴の前に建設した意図を想像
します。

お昼は定番石焼ビビンバとパジョン(ちぢみ)です。
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次に世界遺産の宗廟(チョンミョ)李朝の歴代
の王と王妃が眠る正殿と永寧殿です。韓国で
ハングル文字を開発普及させて最も人気が
ある第4代 世宗(セジョン)大王も祭られて
います。
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問題はご覧頂くように大変な寒さです。今年は
日本同様26年ぶりの寒波だそうで、それはもう
寒いというより痛いという感じ。零下15度以下で
した。写真でよくお分かりと思います。ここでは
韓国の人々のご先祖様を敬う儒教精神を感じさ
せるものがありました。

その後、大統領の住み、働いておられる青瓦台
を車から見ながら繁華街、仁寺洞(イサンドン)
骨董品等も多い通りと南大門市場(ナンデムン
シジャン)を散策ショッピングしました。耳あてを
買ってしないと持たない程寒い昼間です。こちら
では旧正月(今年は2月3日)の直前で、日本の
歳末の様な雰囲気もあります。3年ほど前に放火
で焼失した南大門は土台から修復中でシートで
見えません。

夜はプルコギ(付け込んだ牛肉鉄板)で締めます。
全般肉に梨(果物)を使って酵素で柔らかくして
いるのが美味しさのポイントです。
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帰国日の朝食はアワビのお粥でした。となりの
ホテルでのものでした。韓国料理は今まで焼き肉
のようなイメージでしたが、意外とヘルシーで薄味
塩分控えめで今の私にぴったりでハマってしまい
ます。もともと好きな白菜のキムチ、本場で酸味の
強い古漬けは最高でした。
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こんなことで、前半は観光と食をお伝えしました。
韓国でも最も寒い日に行ったのも思い出となり
ました。スキー場なんてものを超えた寒さの体感
でした。


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