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2010年8月の投稿

2010/08/29

偽リーダ論その3(最終)

戒めのその3最終です。大変参考になります。特に
組織の長の人にお勧めです。

・変化を叫ぶリーダーは変化しない
  組織のトップが変わると組織に変革の季節が訪ね
 ることが多いでしょう。いい
ケースもあれば、悪いケースもあります。リーダー
 が本物か偽者かはこの時に見極めることができま
 す。

  変えなくてはならないことを変えないのは偽リーダー
 であり、変える必要のないこと、変えてはならないこ
 とを変えるのも偽リーダーです。「宋さんに言わせれ
 ば皆が偽リーダーになっちゃう」と言われるかもしれ
 ませんが、口が悪いだけではありません。

  リーダーの立場になりたいという人が実に多いので
 す。人に身分を認知させ、 リーダーであることをアピ
 ールしたい人達です。そのために無理して業績を伸
  ばそうとするので無駄な投資、無駄なシステム
 更新、そして無駄な組織拡大をするのです。

  リーダーは何かを成し遂げるために組織を動かす
 のです。成し遂げるのに何が必要かを一生懸命見
 極めるのです。古くから存在しても良いものであれ
 ば有難 いはずです。良くないものがあれば組織を
 受けとった時点で素早く変えるはずです。

  格好をつけるために「変化」を叫ぶリーダーがいま
 す。何年も言い続けるとさすが自分の言葉に飽きる
 のでしょう、今度は「チェンジ」に言い換えてみたり
 します。下手すると自分がチェンジされるまで「チェ
 ンジ」を言い続けます。

  細かいことがコロコロ変わって何時になっても根本
 が変わらない組織はよくあります。泥を被って静か
 に組織の根本を変えていく目的意識の強いリーダー
 が少ないからです。

・強気一辺倒のリーダーは弱い
  お神輿に乗るだけのリーダーは弱いのですが、強
 気一辺倒のリーダーも弱いと思います。若い頃、リ
 ーダーとは強い人だと考えていたのですが、経験し
 ているうちにあれは単に強く見せようとした結果であ
 り、本質ではないと思うようになりました。また、組織
 メンバーに認められていないうちに強く見せざるを得
 ない部分もあると思います。

  しかし、長期的に見た場合、リーダーの仕事は組織
 を強くすることであり、自 分だけが強くても何の役に
 も立たないことに気付きます。自分が強いことによって
 メンバーの智慧ややる気を削ぎ落とすことがあれば、
 余計にその「強さ」を隠したほうがいいのです。

  強いリーダーは必要です。ただしその強さはいろいろ
 とあります。間抜けのように見えるリーダーには、部下
 が安心してアドバイスするし、やり甲斐を感じるのです。
 そこで本当の間抜けになっては困りますが、寛容に
 なり、奥深くなる必要があります。

  松下幸之助さんがリーダーの一番重要な素質につい
 て聞かれた時、「愛嬌や!」と答えたそうです。若いう
 ちは、特に部下に認めてもらえていないうちに強気を
 みせる部分があってもいいのですが、いずれ愛嬌を増
 やしたほうがいいかもしれません。

  P.S.
  偶然ですが、先日、中国のソフトウェア大手のCEO
 から以下のような話をききました。
  「自分のことをあまりかまう人はよいリーダーになら
 ない。生活の質をリーダーの立場とセットして考える人
 はリーダーではない。」
  (終わり)

特に最後の生活の質とリーダーの立場とセットで考え
る人というくだりは参考になります。自分の仕事以外の
こと(待遇とか、お楽しみ等々)を公然と表明、要求する
ことが当然のこととするようなリーダーがいたら要注意
です。部下ががリーダーの関心事(好みや趣味)に合わ
せてしまうような組織になることです。このことを私は
リーダーの「自分最適」組織と呼びます。こうなると部下
は仕事以外のことに大いに労力を浪費してしまいます。

これで終いです。宋さんに感謝します。
しかし、リーダー稼業は大変です。

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2010/08/22

猛暑の京都

今年は各地で猛烈な暑さが続いています。
関西はもともと暑さ厳しき地ではありますが、
今年は格別のようです。

今回の赴任では休日に京都をしっかり回りたい
と考えています。多くの経験者に聞くと、いろいろ
なテーマを設定して、それを軸に着々と達成する
ことで、目的を持つことがよい方法です。例えば
歴史が好きな人は歴史探訪で、庭や花のテーマ
の人と様々です。何かよりどころになるガイドブック
があった方がよいようです。

まだ、見つけ切れていないのですが、今回は家族
が来たこともあり、一般コースを回りました。歩いて
回れるよう二条城→本能寺→清水寺というように
脈絡が無くなりました。「二条城は1603年徳川家康
が京都御所の守護として将軍上洛の際の宿泊所
として造営し、三代家光が、伏見城の遺構を移す
などして、1626年(寛永三年)に完成したもので、
家康が建てた慶長年間の建築と家光がつくらせた
絵画・彫刻など、いわゆる桃山文化の全貌を見る
ことができます。」

ということで、権力のすごさを見せつけられる思い
がします。二の丸御殿大広間では1867年大政
奉還を発表した場所としても有名です。狩野派
の障壁画も多く世界遺産としての見応えがあり
ます。


次に訪ねたのは本能寺ですが、秀吉の命で
1592年に現在の地に移転しました。宝物館を覗
きましたが信長終焉の地でありながら、地味な
ものですが、1582年(天正十年)6月1日公家、
町衆を茶会に招き38種の茶器を披露しています。
翌未明には光秀の軍勢が押し寄せ変となるわけ
ですが、焼残った茶器を見ると歴史の臨場感を
ヒタヒタと感じます。こんなところが面白いですね。

最後は清水寺です。音羽の滝の水もしっかり飲ん
できました。とにかく暑く、外国人観光客もうだり
ながらも頑張って見てやろうという姿に逆に元気づ
けられました。

秋からはしっかり歴史を軸にして、とことん回ろうと
思っています。そういうこともあってオ-トフォーカス
の一眼レフを購入して気合を入れたのですが、ブロ
グ写真の容量を超えて掲載できないので、次回か
ら工夫してお楽しみいただくようにします。
「歴史散策」も50才からの生きかたの重要テーマ
です。⇒その後、縮小ソフトで掲載しました。
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2010/08/15

阿波踊り

阿波踊り(あわおどり)とは約400年の歴史が
あり、徳島県(旧・阿波国)内各地の市町村で
開催される盆踊りである。なかでも徳島市の
阿波踊りが県内最大規模で最も有名であり
四国三大祭り、日本三大盆踊りのひとつに
数えられる。また三大阿波踊りとして徳島、
高円寺、南越谷の各阿波踊りが挙げられる。
三味線、太鼓、鉦(かね)、横笛などの2拍子
の伴奏にのって踊り手の集団(「連」)が踊り
歩く。 「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイ
ヨイヨイヨイ、踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆
なら踊らな損々…」と唄われるよしこので知ら
れる。しかし、よしこのは大手の有名連以外は
あまり使われず主に「ヤットサーヤットサー」と
いう掛け声のほうが多用されている。全国的
には「えらいやっちゃ」が有名なため、「ヤット
サー」の知名度はあまり高くない。企業連など
ではこのほか商品名や会社名が入った独自の
かけ声が使われたり、「1かけ2かけ3かけて、
しかけた踊りはやめられぬ。5かけ6かけ7かけ
て、やっぱり踊りはやめられない」と言ったもの
も使われている。(ウィキペディアより)

能書きが多くなりました。13日に上記にも登場
する企業連として参加しました。それも連に加わ
り、有料会場で踊りを披露するという暴挙に出
てしまいました。事前に練習はするのですが、
なかなか身に着きません。しかし、いざ会場で
太鼓、鐘のリズムの中ではサンバ状態で身体
のノリで何とかこなしました。

演舞場というスタンド付きの会場で披露します。
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男踊りと女踊りがあり、男踊りは腰を低くして
踊りますので、疲れてくると腰が立ち、腕が
下がってきてしまいますので、後半は自分で
掛け声を入れ、気合を入れてやり切りました。
踊ることは想像以上の達成感と喜びをもたら
せてくれます。

やはり、何事にも積極的に参加し、実際にやっ
てみることが、「50才からの生きかた」でも
大切なのだと改めて思うものでありました。

女性の踊りは笠をかぶり、着物を着こなし、
しなやかな動きで妙に色気を感じさせるもの
です。「夜目、遠目、笠の内」の条件を見事に
備えているのでしょう・・いやこれは失礼・・・・

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2010/08/08

偽リーダ論その2

前々回偽リーダ論を紹介Sましたが、その続編
が届きましたので、再度紹介します。経営者の
視点であるいは大勢の部下のリーダとして活躍
の皆さんに参考になると思います。

・完璧を求める人はリーダーではない
  完璧を追求することは良いことですが、それは
 匠や職人の世界でしか通用しな い話です。
 自然や人間を相手にする場合、完璧を求めること
 は我がままであり、不可能です。ミスした人、失敗
 した事業負けた競争・・・組織をリードしていると不
 味いことの処理がリーダーの仕事の核心を占めま
 す。完璧を求めると部下が離れていくだけではなく、
 自分自身も体が持ちません。

  しかし、どこまでなら部下の欠点を許し、どこまで
 いくと厳しい判断をしたほうがいいだろうか。これ
 について明確な基準はないものの、リーダーは
 経験を通じて自分の中で一線を引く必要があり
 ます。

  中国のリーダー学には「疑人不用、用人不疑」と
 いう言葉があります。「疑う人物を使わない。使う
 人物を疑わない」という意味ですが、その意味は
 決して文字の通りではないのです。曹操が戦い
 に勝利した際、敵陣から押収した書類に部下か
 らの転向を探る手紙も含まれていました。「全部
 焼け!」と命令した 曹操は決して部下を疑ってい
 ないのではなく、「このくらいは許してもよい」とい
 う線引きがあったからです。

  「疑わない」とは「知りながらも気にしない」という
 寛容であり、リーダーの心の広さです。決して
 事実も知らないで「性善説」とか「信じる」とかを
 妄信する幼稚な話ではないのです。

  中国の大手不動産の社長に部下の不正につい
 て感想を聞きました。小学校卒の彼は笑いなが
 ら答えました。「わしの企業は大樹。当然虫もつく。
 外に出てきた虫はつぶしてやるが、木の穴に隠れ
 ている奴も多い。むかし、わしはいろいろなものを
 穴に入れて退治しようとしたが、結局、木も弱って
 しまう。今はそこまでしない。大樹の元気を守るの
 が大事だから」。
 
  これは無学な彼が苦労を通じて得た経験談ですが、
 私は妙に納得しました。トータルでプラスかマイナス
 か、たぶんこれがリーダーの「寛容」と「放任」を
 線引きする基準だと思います。

  ・贅沢が好きな人はリーダーではない
  理由は分かりませんが、本物のリーダーはだいたい
 生活上の贅沢を求めない傾 向があります。ちょっと
 儲かるとすぐ別荘を作ったり、外車を買ったりする中小
 企業の社長はだいたい大成しないです。不思議なくら
 いです。

  もちろん、車と家を持つことが贅沢だと言えない場合
 も多いのです。数千億円の資産を有する実業家にとっ
 ては美術館やゴルフ場を持つのは決して贅沢だと
 言えません。贅沢とはあくまでも相対的なことであり、
 その人のその時の財力と関係するのです。

  先日、飛ぶトリを落とす勢いのニトリの似鳥社長と
 銀座に飲みに行きました。似鳥さんは少しだけ高級な
 国産車なのに同行の未上場ベンチャー社長がリムジ
  ンに乗っていました。しかも、似鳥社長は店についたら
 すぐドライバーを家に返しました。深夜、私と並んでタク
 シーで帰る似鳥社長の姿勢に感動を覚えざるを得ま
 せんでした。

  私はモラルや精神の角度から「贅沢はいけない」と
 言いたくありません。純粋なリーダー学から解釈を試
 みたいと思います。たぶん贅沢とは自分を甘やかす
 行為でしょう。自分を奨励する役割も認めますが、物質
 に頼る奨励はいずれ限界に達するでしょう。

  物質に頼らなくてもリーダーは報われる瞬間はたく
 さんあります。むしろそれを感じるかどうかはリーダー
 であるかどうかの分水嶺でしょう。飲み屋の女の子が
 ニトリの家具を使っている話を聞く似鳥さんの嬉しそう
 な顔は印象的でした。

結果を求められるリーダーは、常に全体にとってどうある
かを考える習慣があると思います。したがって、自分の
満足へ興味がいった時に失うものがあるという主旨だと
思います。会社組織でもリーダーが「全体最適」ではなく
「自分最適」に陥った時、組織は衰退します。その事例
は枚挙にいとわないものでしょう。そんな例をたくさん見
てきました。せめて自分はそうならないように自戒したい
ものです。そんな気がして取り上げてみました。

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2010/08/07

早朝散歩

関西に赴任して4カ月弱。生活には慣れてきて
ました。最大の課題は健康管理です。その内
でも歩数が減少してしまっていました。東京時代
は平日で8000歩から一万歩は出来ていましたが、
関西では通勤時間が短いのと、車移動が増えて
しまい、通常だと5000-6000歩がせいぜいの状況
となりました。

そこで、朝起きてから近所を散歩することを始めま
した。日の出の頃に近所を歩くと、結構年配の方
中心に多くの方がウォーキングをしておられます。
猛暑の現在でも早朝は凌ぎやすく、気持がとても
いいものです。時に朝焼けを見たり、日の出の美し
さは感動ものです。

10分1000歩のペースですので、4000-5000歩を
目安にして実行しています。腕をゆく振り、姿勢を
好くして歩きます。コースは大体で、思いつきで路
地に入ったりすることも楽しいものです。脳、筋肉
骨、代謝にいいので、帰ってきてシャワーと朝食も
美味しく感じます。

もちろん毎日続けるためには、前の日の夜更かし
はご法度です。健康を最優先にするためには、何
かを止めなければ継続できませんよね。

仕事のひらめきやプレゼンのイメージ作り等仕事に
も役立ちます。結構お勧めですね。


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2010/08/01

偽リーダ論

宋 文洲氏はソフトブレーン社の創業者であり会長
で有名な方です。1963年に中国で生れ北海道大学
に留学した後、土木関連の解析ソフトを開発した後
営業のプロセスマネ-ジメントに着目してコンサル
会社ソフトブレーンを設立して2005年に一部上場
すると会長に就任した人物です。

彼のメルマガは愛読していますが、今般「偽リーダー
論」というのがありました。私も経営の一端を担った
立場でこの話は戒めとして重要だと感じました。
一部引用します。
  私にはリーダー論を語る資格がありません。今の
 自分はリーダーではありませ> んし、リーダーとし
 ての過去の経験もとても浅く組織も小粒だからで
 す。

  しかし、私はたくさんのリーダーと友人であり、お
 付き合いを通じて彼らを身近に観察し本音を聞き
 だす機会がたくさんありました。この友人達には
 世界でも著名な企業のトップも居れば政治家も居
 ればスポーツや芸能の監督も居ます。

  小泉元総理の話ではありませんが、まさに「人生
 はいろいろ、リーダーもいろ いろ」です。この「いろ
 いろ」にはリーダーのあり方が「いろいろ」あるとい
  う意味だけではありません。「リーダーでもないの
 にリーダーになってしまう」 意味も含まれています。
  だから「リーダー」を語るよりも「偽リーダー」を語る
 ほうが早いと思います。

  ・私用なのに会社の経費を使う
  個人会社、家族経営ならば問題ありません。組織
 をリードし、大きな目標に向かうリーダーにとってこ
 れはモラルの問題ではなく、気持ちの持ち方の問題
 です。要はそんな小さなメリットに目が向くほどの人
 物は大きな意志が持てない ということです。

  ・自分の給料だけが他のメンバーより格別に高い
  よほど明確な業績と特殊能力がない限り、リーダー
 は周りの仲間より抜群に高い給料をもらうべきでは
 ありません。それは嫉妬と言えばそこまでですが、
 人間の潜在心理として東洋西洋を問わず、周りの
 人間はその格別に高い給料の正当な根拠を探そう
 とします。「リーダーは個人能力ではなく組織メンバー
 の能力を活かす」という原則論から見れば、根拠を
 探しにくい設定は組織の戦闘力を阻害します。
  「うちの部長を偉くさせたいから俺は頑張る」という
 オヤジがたまにいますが、それは媚び売りに過ぎま
 せん。組織メンバーはリーダーの成功のために働
 かないのです。

  ・責任を転嫁する
  「俺の管轄ではない」、「俺の判断ではない」、「○○
  が・・・」。不味い結果が出た時の振る舞いは最も偽
  リーダーを見分けるよい瞬間です。他人が逃げる時
 に前進するのがリーダーです。普段大したことができ
 ないならせめて肝心な時にリーダーであることをアピー
 ルしてほしいところですが、細かいことにうるさいわり
 に肝心な時に雲隠れする。こんな人がどうして部下か
 らリーダーとして認められるでしょうか。

  ・高邁なことをよく言う
  仕事も生活も毎日続く単純なものです。高邁な
 理念やスローガンを繰り返しても社員の本音は“飽き
 飽き”です。それよりも組織の目標を確認し、毎日の
 進捗とそのための具体論にエネルギーを注ぐほうが
 効率的です。本来、リーダーも社員も高邁な理念で
 仕事していませんし、スローガンよりも活動を通じて
 伝える経営姿勢のほうが心に響くのです。

  社員は冷静な分、本質を本能的に見抜いています。
 「綺麗ごとだな」、「言っていることをやっていないじ
 ゃん」と冷めているのです。特にリーダーが私心のため
 に公費を使ったり、格別に高い給料を設定したりすると、
 ますます社員の冷静判断を証明する結果となり、リーダ
 ーシップがとても成り立ちません。

  本日は取りあえずこんなところにしようと思いますが、
 感想と言えばまだまだたくさんあります。皆様のご反応
 をみて続けるかどうかを考えます。

 最近よく思い出すリーダーの言葉があります。上場
 したばかりの私は、2001年、伊藤忠の丹羽さんのところ
 にご挨拶に行きました。「宋さん、お金ができたら奥さんに
 渡しなさい。そんなものがないと思ったほうが良い仕事を
 する」と言われました。

 その当時、意味がよく分かりませんでしたが、10年後
 の今、やっと分かってきました。リーダー論が難しいのは
 ここなのです。経験が足りないと分からない境地が多いの
 です。

いかがですか?一定の立場、経験のある方なら賛否は
ともかく、議論のネタになる話題ですね。日々の行動の積み
重ねの中でリーダのあり方は難しく正解はないと思います。
いろいろな原則に触れながら自分なりのやり方を見出して
いくのでしょう。そんなことを感じました。

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