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2009年10月の投稿

2009/10/25

「人間の運命」by五木寛之

本ブログの常連五木寛之氏の「人間の運命」(東京
書籍)を買ってきて読みました。これを取り上げること
は難しいのですが、以下のあとがきの紹介をして考え
てみたいと思います。

「思うとおりにならないもの、というのが私の人生に対
する見方である。そして、そのことをはっきりと認め、
目をそらさずに直視することからしか人は行動できない
のではないか。
 ありのままの現実を、勇気をもってはっきり認めるこ
とを、「あきらめる」という。諦める、という言葉を、私は
自分流に読みかえて、「明らかに究める」と読んでいる。
 どんなに嫌なことでも、不快なことでも、そこから目を
そらすわけにはいかない。しっかりと現実をみつめ、
そのありのままの姿を見定める事が第一歩なのだ。
 運命とは何か、運命は変えることができるのか、とい
う主題は、繰り返し古代から考察されてきた。
 私は変えられる、と思いたかった。そう信じて生きて
きたのだ。
 しかし、最近つくづく考えるのだが、自分はひとりで
この世に誕生したのではない。私という個人の上には
両親や、民族や、先祖や、いろんな自分以外の力が
働いている。
 今現在の自分の住所や職業は変えらることはできる。
しかし、過去から引きずったものはどうしようもない。
 運命に身をまかせる気はない。しかし、運命に逆らう
ことはできない。
 そこでできることは、ありのままの自己の運命を「明
らかに究める」ことだけだ。自分の運命を見つめ、その
流れを見きわめ、それを受け入れる覚悟をきめること
である。
 そのことによってのみ、運命にもてあそばれるのでは
なく、運命の流れとともに生きることが可能になるので
はないか。・・・」

思うとおりにならないこと、コントロールできないことを
ただ、前向きにポジティブに考えれば大丈夫!という
テンションで取り組むと、その後の大きな落ち込みをも
たらし、自信喪失に陥る悪循環は私にも経験がありま
す。

このあたりのことは、今まで多くの方々と「どうしたら充
実した生き方ができるか?」を話してきた中で、ポイン
トになるところでした。「あきらめる」という逆説的な言い
方で、思いとおりにならないこともしっかり見定めて、生
き方を処していくことと取ればなるほどと合点がいくもの
であります。

やはり終戦で家族と持てるものをほとんど失い、その後
作家として生きつつ「歎異抄」、親鸞や多くの仏教の考え
方や世相の引用で語る本書は興味深いものがありました。

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2009/10/18

時間の感じ方

皆さんは小さい頃の時間は長かったと感じること
はないでしょうか?私も小学生の頃の夏休みや
6年間は今の一か月や6年と比べてもっとすっと
たくさん時間があったようによく思います。

今日の日経新聞記事に面白い記事がありました。
ジャネーの法則ということで、19世紀のフランス
の哲学者ポール・ジャネーが発案し、弟のピエ
ール・ジャネーが著作したもので、時間の感じ方
は年齢の逆数に比例するという説です。5才の
感じる1日は50才の感じる10日になるというの
です。

ちょっと極端な感じもしますが、年齢に従って短
い感覚になるというのは否定しがたいと思います。
心理学の分野では時間の経過をどのように感じる
かを「時間評価」といわれ、この心的時間ともいえ
るものは、その人が置かれた環境や状態によって
も大きく異なります。心的時間が遅く進めば、物理
時間が追い越して「もう一時間過ぎた」となり、逆
に早く進めば、「まだ一時間しかたっていない」とな
ります。

千葉大学の一川准教授によるとこの心的時間
の進み具合には身体の代謝が大きく影響して
いるといいます。身体の状態が活発なら心的時間
は速く、不活発なら遅くなるということになります。

加齢すると一般的に代謝は低下します。そこで
心的時間の進み方が鈍り、時間の経過が早く
感じるようになるという説明が成り立ちます。
以前ブログに「脳の間引き運転」という推測を
書いたことがありましたが、ちょっと通じるもの
を感じます。

会議中や電車の待ち時間など時間を頻繁に気
にすると時間は遅く感じられ、夢中になったりし
て時間を忘れると短く感じますよね。新聞では
子供は待ち遠しいことがたくさんあるのに対し
大人は経験則が多く刺激が少ないのでは?
とシャレたことを書いています。

いずれにしても様々な要素が複合しているの
でしょうが、代謝と結びつけたところがとても
新鮮な印象で、長く不思議に思っていたこと
の解明が少し進んだ満足感のある記事でした。

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2009/10/12

金木犀

ちょうど今金木犀の花が開き、街角に独特の
芳香を漂わせています。体育の日からみの3
連休の一日、金木犀の苗木を売っていたので
衝動買いしてしまいました。
ウィキペディアから金木犀に関する引用をして
みます。

花冠は白ワインに漬けたり(桂花陳酒)、茶に
混ぜて桂花茶と呼ばれる花茶にしたり、蜜煮
にして桂花醤と呼ばれる香味料に仕立てたり
する。
また桂花蟹粉(芙蓉蟹の別名)、桂花鶏絲蛋、
桂花豆腐、桂花火腿などのように鶏卵の色を
キンモクセイの花の色に見立てて名づけられ
た卵料理は多く、正月用の菓子である桂花
年糕のようにキンモクセイの花の砂糖漬けを
飾るなど実際にこの花が使われる料理もある。

その香りと色は古くから愛でられてきたことが
よく分かります。さっそく猫の額の庭に植えて
みました。苗は花がついていませんので、来
年のお楽しみです。植物は我が家にとっては
とても癒しになります。ちゃんと分かって世話
をしないといけないし、世話しているときは集
中してとてもストレス解消になります。

ついでに「ギンモクセイ」という兄弟がいるこ
とも知りました。面白いものですね。写真では
花がないので、その前に買った「アマリリス」
(歌にもありましたが)の画像を付けて花にし
ます・・003
001

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2009/10/04

つなげる力

「「つなげる」ってのは、人間の根本だね・・」と思わず
つぶやいてしまいました。

先々週小野塚輝さんのブログ「感動の仕入れ日記」で
藤原和博さんの「つなげる力」(文藝春秋社)の紹介
を読みました。藤原和博さんの「処生術」(新潮社)
を10年以上前に読んだ時からファンになっていました。

小野塚さんが的確に紹介した文章を読んで、早速
読んでみる。これもつながっていくことを積極的に求め
ていくことですね。

さてさて、中身ですが、「情報処理力」と「情報編集力」
の違いを和田中学で実践しています。正解のある問題
を解くのではなく、正解のない課題に取り組むのです。
例えば、「ハンバーガーはこれから安くなるか?高くな
るか?その理由は?記せ」などと言う問題です。これを
「よのなか」科という授業を通じて、生徒に考えさせるの
です。「人間にとって宗教とは何か?」にこんな答えが
あったそうです。
「心のよりところだと思います。木は大地が母だというよ
うに、人間も自分の母を求めて自分自身で形のないもの
を作り出し、それを信じていくのだと思います。」もうひと
つは、「自分自身を映す鏡である。自らの信じるものを
たてまつるのが宗教だからだ。自分の考え方、理解、
行動こそ宗教に通じるもの。だから、宗教を信じない人
は、自分のことをすでに見ることができる人である」とい
う具合です。本当に中学生恐るべし、です。このように
2,3行に自分の考えをまとめる訓練と言うのは素敵で
すねえ。調べずに自分の頭の中にあることを総動員し
て、「つなげて」搾り出す、これは日頃の世の中に対する
感度も全然違ってくると思います。

和田中では、親や地域住民、教職を目指す学生、塾の
先生といった人びとが格安の費用で生徒たちのイベント
に協力して作り上げてきています。なぜ、皆さんは力を
合わせられるのでしょうか?
1 目に見える成果(関係者全員が実感できる成果の
   共有)
2 具体的な言葉遣い(抽象論ではなく具体的に数字を
   上げ行動レベルに落としこんで話す)
3 リズムとテンポ(計画どおりに事が進まない、走りな
    がら考える)
4 お金の裏付け(お金の話をタブーにせず、当たり前の
    経済感覚)
5 それぞれの動機付け(人はつながりたくて生きている)

リーダーはこれらの要素をおさえて事を進めるとよいし、
5項の「人はつがりたくで生きている」というのがこの本を
象徴するキーワードだと感じました。

やはり人を育てることは大事でかつ難しいことも実感しま
すが、こうやって既存の厚い壁を乗り越えながらあっぱれ
な働き振りをする
藤原和博さん、そして紹介してくれた小野塚輝さん、世の
中には素晴らしい人がいてくれて捨てたもんじゃないね・・
感謝!!!

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