人間の覚悟
本ブログでも頻繁に取り上げている五木寛之さんが
昨年末「人間の覚悟」という重たそうな題の新書版
を新潮社から出されました。
帯には「経済が、絆が、国が壊れていく。ついに「覚
悟」をきめる時が来た。」とあります。「そろそろ覚悟
をきめなければならない。「覚悟」とはあきらめること
であり、「明らかに究める」こと。希望でも、絶望でも
なく、事実を真正面から受け止めることである。これ
から数十年は続くであろう下山の時代のなかで、国
家にも、人の絆にも頼ることなく、人はどのように自
分の人生と向き合えばいいのか。たとえこの先が地
獄であっても、だれもが生き生きとした人生を歩める
ように・・・」
この種の文章を引用するのはとても難しい面があり
ます。一見とても暗く響くからです。私もビジネスの
前線で働いていますが、今まで経験した以上の変化
が起きていて、数字の上でも実感でも今までのやり
方では通用しないと感じています。
五木氏は戦前植民地であった平壌に住んでいて終
戦を迎えました。大変な苦労をして引き揚げて来ま
した。その過程で今まで信じていたものはいとも簡
単に崩壊して新たな混乱の後、新たな秩序が形成
されることを身をもって体験されました。
だから、何事も絶対はない、たとえ国家であっても・・
確かに私たち50才代はそこまでの経験はありませ
んが、どうも徹底的に経済がおかしくなると、何が起
こっても不思議ではないと感じることもあります。
そんな時にいたずらに不安がるのではなく、「覚悟」
を決めて、日々目の前のことをこなしていくべきでは
ないかと思います。氏は登山とは山を登るだけでなく
下って元の戻ることで登山を完了すると指摘していま
す。とにかく登って登って上を目指せ!上がった後の
ことはその時考えよ!という文化で今まで生きてき
たような気もします。今の日本の状況を登山から下
山へ、躁から鬱への転換期と例えています。しかし
決して悲観論を煽って指摘している訳でもなさそう
です。
いつも良いわけではなく、いつまでも悪いわけでもな
い、上りもあれば下りもある、「躁」状態もあれば「鬱」
状態もある、長い歴史の中には徹底的な破壊もあれ
ば全面的なリセットもありました。
そういう底辺に戻るというある種の「開き直り」をして
自分の人生に向き合う「覚悟」も必要な時があるで
しょう。決してネガティブでもポジティブでもないポジ
ションのことを指しているような気がします。
今まで54年も生きてきて、これからもさらに長い年
月を生きようとしている私としては、「破壊」と「再生」
というのはすぐ隣にあって、いつでも対処する「覚悟」
が必要だよ!と言われたような気持ちでこの新書を
読みました。
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