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08年の終わりに

今年はカレンダーの関係で9連休という方も多いのでは
ないでしょうか。年賀状や大掃除、テレビの特集、年末
年始の行事、一族の会合とバタバタの時期でもありま
す。そういう中でちょっと時間的な余裕があるのが今回
の特徴です。一方で日本漢字検定協会の恒例の今年
の漢字一文字では「変」が選ばれました。今年を振り返
り経済面では、前半が上りで北京オリンピックを境目に
その後の金融危機、自動車業界の激変と正に「変」を
象徴する出来事続きでした。

後から考えてみると、様々変化にはその予兆があって
臨界点に達した時に一挙に水面上に踊り出てくるとい
う性質があるように思います。しかし、気付いていても
大勢の活動である経済は大きな現象が起こって、初め
て全体の動きの方向や意識が変わり始めるものだと
いうことを今回も認識します。バブルも何度も繰り返され
るのは人間の性でもあるようです。

来年は私たちの仕事や生活に大きな変化が実感され
るようになるでしょう。こういう波は50年生きてくると過
去にも何回かあったような気がします。私はここ半年は
大きな動きを控えて、自分自身の内面との対話を深め
変化の後へのエネルギー蓄積を計っていこうかと考え
始めました。

今年は世の中の動向と同じような波長の一年でした。
前半は過去の蓄積の良い面が現れて、いろいろ恵まれ
たことが多くありました。夫婦でのスペイン旅行もよい思
い出となり家庭、仕事、健康の面でも順調な一年でした。
周りの人びとのお陰と感謝をするような一年です。

年末年始にあたっては忙しい時間の中にも、自らと対
話する静かな時間を取りたいものです。今はよく己や
世の中を見つめる時だと言えそうです。

本ブログも2004年6月から4年半、212回を数えるまで
になりました。読者の方々がいらっしゃるから継続が
可能なのです。感謝を込めて皆様がよいお年をお迎え
になることを祈念して今年の最終回といたします。

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遊行期

このブログでは度々五木寛之さんを取り上げています。
今年の9月に発行された「遊行の門」(徳間書店)を読ん
でみました。古代のインドでは人生を4つに分ける思想
があったそうです。学生期(がくしょう)、家住期(かじゅう)
林住期(りんじゅう)、遊行期(ゆうぎょう)の4つです。

私自身は家住期から林住期にさしかかっていると思っ
ています。(本ブログでも取り上げたことがあります)
五木寛之氏は1932年生まれですから22年先輩という
ことになります。五木さんはご自分のことを林住期から
遊行期へ差し掛かったと感じておれれるようです。そう
いう五木さんに人生の先を行く先輩と親しみを感じて
著書を読みます。

さて、氏は人間が老いていくことを、寂しいとか醜いと
か弱者として若者と対比していくことに強い違和感を
表しています。様々なことは起こるべくして起こる、自ら
をつまらないものだと、あせったりしたり、調子が良くな
って奢ったりせずに感謝して生きる基本を感じます。

「自分には何にもない、と感じるときが、人には必ずあ
るものだ。自分は誰にも必要とされていない、生きる
ねうちがない、と、わたしもかつて考えたことがあった。

しかし、いま私はそういうふうには思わない。人間は生
きている、ただそれだけでも価値がある。成功しようと
不遇のまますごそうと、とりあえず今日まで生きてきた
そこに意味があるのだ。

十年生きただけでもえらい。そして二十年、三十年、
四十年と生き続けたことは、大変なことである。五十年
六十年、それ以上に生きたことは、それだけでも凄い
ことなのだ。

いまを生き、なんとか明日も生きようとしている人びと
に、心から敬意を表したいと思う。」(巻頭カバーより)

「遊行期とは、人生の最後のしめくくりである死への道
行きであるとともに、幼い子供の心に還っていくなつか
しい季節でもあるのだ。

旅とは行きっぱなしのことではない。旅立った者は帰る
のだ。登山とは山に登ることだけではない。頂上を極
めたあと、人はかならず下山してこそ登山という行為が
完結するのだ。」(「遊行の門」章より)

このような激しい人生を過ごしてきた上で、静かに人生
の定めに逆らわず、諦めず、前向きに死を見つめていく
姿勢に先輩のよき助言を得ていると思います。私も静か
な気持ちに帰っていきます。

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中村文昭さんの講演

ある勉強会で中村文昭さんの講演DVDを貸していた
だきました。昭和44年生まれの40才前後の方です。
三重県の山間部で生まれて、高校卒業後東京に出て
きた後、ある焼き鳥やで人生の師となる人物に出会い
野菜の行商を手伝いながら、独立した後は飲食店を
経営を皮切りにレストランウェディングを手がけ、お客様
に徹底的に喜ばれることを追求して繁盛させました。
あわせて、自分の経験を生かした講演、人材育成にも
力をいれておられます。

DVDでは聞き手を楽しませながら、大いに笑わせなが
ら様々な角度からの原則をきちんと伝える姿に感心し
ました。一部をご紹介します。

原則その1
「返事は0.2秒で行え」
 18才の時に出会った師に徹底的に仕込まれ、まず
 素直に聞く姿勢を持つ。

原則その2
「頼まれごとは試されごと」
 頼んできた相手の想像を超える内容で応える。さも
 なくば、相手に感動を持って覚えてもらえない。

原則その3
「出来ない理由を言わない」
 やってもみないで、先に言い逃れを考えるから叶わな
 い。「でも・・・」ではなく「・・・だからこそ」実現させる。
 50才だからこそ・・・する。お金がないからこそ・・する
 という具合だ。

原則その4
「そのうちではなく、今やる。できることをすぐやる」
 今度とお化けは出ない、といわれるようにそのうちね・・
 はやるつもりなしと同様。

1時間ぐらいのDVDでしたが、人を楽しませるツボと自
身の経験に基づく内容の深さ素晴らしい内容でした。
中村さんが人の縁を深めるきっかけとして葉書を出すこ
とを指摘されていました。私もビジネスや勉強会で出会
った人に葉書を出すことを始めようと実践を決意しました。
また先月のリュバンの会の合宿で佐々木泰明さんのお
話の中で「立腰」(座る時腰をしっかり立てて、ぐたっと
背もたれに寄りかからないこと)を実行しています。座る
姿も立ち姿、歩き姿と同様に気をつけようと思っています。
なるほどと思ったらすぐ取り入れる、すぐやってみる、この
姿勢を今回取り入れて意識して実行することにします。

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「五十代、負けない男の生き方」って?

タイトルの題名で江森陽弘さんが90年に本を書いて
おられます。(講談社刊)先日、古本屋で何となくブラ
ブラしていると表題が飛び込んできました。本ブログの
関連ありと買って帰りました。

江森氏はテレ朝のモーニングショーのテレビキャスター
を務め、最近は人権やいじめ等社会問題に精力的に
取り組んでおられるようです。

「好きなことを思い切ってする。自分の好奇心を満たす。
冒険をする。これらを実行するためには、「もの分りの
いいオジサン」「やさしいオジサン」「みんなに好かれる
オジサン」などの”看板”を捨て、好きなことに恥をかい
ても断行する変なオッサンになる必要がある。
 頑固だ、意固地だ、ヘンクツだといわれても自分の
人生を切り開いていく決意をもたなければならない。」
(第一章「勇気ある男の人生」より)

帯にこうまとめられています。この文章は今でも全く色
あせないものだと思います。人生50年からいきなり60
、70、80才へと人生が延長された1932年生まれの
昭和ヒトケタ世代の氏は、50才代からの生き方を自ら
切り開いた世代だと感じます。

このメッセージから約20年経った今日、20年後輩の
私たちから見ると当時として斬新な提案だったと思いま
す。ただし、今から思うと「負けない」というのはちょっと
違和感を感じます。いったい誰に負けないと言っているの
でしょう?

おそらく企業戦士として戦後日本を豊かしようとして達成し
た当時は老後を前向きに捉えようがなく、ご隠居さんという
言葉の醸し出す世間の常識に対して挑戦だったのでしょう。
思い起こしてみると当時にこのように表現して思うように自
分の人生を切り開くことをおおっぴらに表現した先進性に、
さすがジャーナリストとして時代を読む鋭い力を感じます。

今ではおそらく「負けない」という対決的な言葉は使わな
いのではないかと思います。直接夢を叶えるとか、充実
した人生とか、向かう方向にフォーカスした表現ではない
でしょうか。人生80年時代が当たり前で「生存リスク」など
という言葉すらあります。こういう時代で「定年後」とか「人
生二週目」をどう準備するかに話題が移っているのかもし
れません。

「人生を切り開いていく決意を持たねばならない」という強
いメッセージにその通りと改めて頷いている私がいます。
そんな先駆けの本に出会い、90年のバブル時代やその
時の自分の環境を思い出して時代の違いに思いを馳せま
した。

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